待ち合わせ
賑わう街も、楽しそうな声も。それが幸せにつながることを教えてくれたのは、君だった。
《待ち合わせ》
12月25日、クリスマス。
今年の春にできた大切な恋人は、仕事で今はいない。少し淋しさを感じつつ、夜には一緒に過ごすことができる。
夕方、待ち合わせの場所である、駅前の広場に向かった。
陽がおちて、すっかり暗くなってしまった道を歩く。冷たい空気に、時折身をすくませながら、約束の場所に到着した。
時計を見ると、もうすぐ約束の時間になることを知らせていた。
その時、一件のメールを受信した。差出人は、待ち合わせの相手から。
『ごめん。打ち合わせがのびて遅れる。』
短い文章は、今も打ち合わせをしているためだろう。携帯電話をしまい、顔をあげて周りを見た。
駅前の広場のイルミネーションが目に入ってくる。
幻想的な光の世界。楽しそうな人の声。不思議と、哀しさや淋しさは感じなかった。ただ、今までの世界と違って見えることが新鮮だった。
本当に、不思議。今までは、賑わう街を見ても、楽しそうな人の声を聞いても、何も感じなかったのに。自分には関係のないことだと思っていたのに。それが、今では違う。約束をした相手に出会ってから、周りの世界の色が変わった。
賑わう街、楽しそうな声、綺麗で幻想的なイルミネーション。
一つ一つに色があって。あたたかさがあって。そして、小さな幸せがひそんでいる。
そのことを知ったのは、つい最近のこと。教えてくれたのは、大切な恋人。それが、嬉しかった。
どれくらいの間、目の前に広がるイルミネーションを見ていたのだろう。気が付いたら、携帯電話が着信を知らせていた。電話に出ようと相手の表示を見て、嬉しさに口元をほころばせる。そして、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「彩? 遅れて、ごめん。今、向かってるところなんだけど、どこにいるの?」
「移動してないよ。待ち合わせ場所にいる」
「判った。すぐに行くから」
電話が切れてすぐ、先程からずっと見つめていた光の世界に、よく知る人の姿が見えた。その人は、この日の、たった一人の待ち合わせ相手。自然と口元が緩んだ。
「お待たせ」
かけられた声は、息がはずんでいた。急いで来てくれたことが判り、嬉しくなる。
「寒くなかった? カフェにでも入って待っててもよかったのに」
「ううん、いいの」
「そうなの? でも、冷えてる」
そっと手を包まれて、じんわりと温かさが広がる。
「それでも、ここで拓人を待っていたかったの」
拓人が、小さく首をかしげる。
「今まではね、どんな行事も全部、同じように見えてた」
ふっと拓人の顔に影がさす。心配してくれているのが判る。だから、今は違うということが伝わるように、続く言葉を紡いだ。
「でもね、今日、イルミネーションとか周りを見ていたら、違って見えたんだ。こうやって、一人でいる時も幸せを感じられるのも、拓人に出会ったからなんだなって、そう思ったら、嬉しかった」
だから、約束した場所で拓人を待っていたかった。
「僕も、同じだよ。一つ一つの行事が、今日みたいに明るく見えるようになったのは、彩と出会ってからだよ。遅れて、ごめんね」
気にしていないのに。でも、拓人が言いたいのは、そういうことではないのだろう。
遅れたことを誤ったのではない。遅れたことで過ぎてしまった時間のことを、これから一緒に過ごす時間が減ってしまったことを謝ったのだ。少しでも長く、二人でいる幸せな時間を共有したいと思っていたから。そして、同じ思いを抱いていたことを、拓人は知っていた。
「大丈夫。今からでも、たくさん時間はあるから」
「そうだね。じゃあ、行こうか」
自然に差し出された手を見て、一瞬だけ握るのをためらった。でも、今日はクリスマスだから。特別な日だから。ゆっくりと、拓人の手に自分の手を重ねた。
すっかりと冷えてしまった手が、拓人の手のぬくもりで温められていった。
Fin.
…ひとやすみ…
本編「さくら咲く季節」のプロットを書き始めたのと、日常生活が忙しいのとで、短い話を書く時間が減ってしまいました。
今回は、クリスマスのお話です。この話は11月の中旬ごろから頭の中にありました。
拓人に出会ったことで、自分の世界の色が変わり、行事を楽しいと思えるようになる彩。そして、そのことに喜びを感じる。書いていて、楽しかったです。
そして、今回初めて携帯電話が出てくる話を書きました(笑)本編や番外編などの「さくら咲く季節」は、異世界設定で、地球の行事はもちろん、携帯電話などのような機会もないので、なんだか新鮮な気持ちでしたww
余談ですが、今回は珍しく彩の一人称で書いてみました。話の内容的に、彩の一人称でなければいけなかったので。いつも一人称寄りの三人称で書いていること、短い話は拓人や遥琉の視点で書くことが多いせいで、苦戦しました。でも、無事に完成させることができたので、良かったです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
H25 12/10