それは地上をさ迷うジャックのように
10月31日。この日は「ハロウィン」。
万聖節の前夜祭で、秋の収穫を祝い悪霊を追い出す。
また、ケルト民族の新年のお祭りでもある。
死後の世界との境が曖昧になり、魔女や精霊、悪霊が現世の扉をくぐって現れ、生者に悪戯をしていくと言われている。人々はお菓子を供え、仮装をして霊になりすまし、現世に迷いこんだ悪霊から逃れる。
日本でも街にジャック・オ・ランタンが飾られたり、ハロウィンにちなんだお菓子が売られたりしている。
それは、喫茶店「Alice」も同じだった。約一週間ほど前から、店内にジャック・オ・ランタンやお化けのマスコットなどを飾っていた。
ハロウィンであるこの日は、注文時や会計時に「Trick or Treat!」と言うとお菓子がもらえるようになっていた。
外が暗くなり、夜が近づく午後6時に、遥琉の喫茶店は閉まる。
店内にいるのは、オーナーである遥琉と店員の彩、そして彩の恋人である拓人の三人だった。遥琉と彩がハロウィンの飾りを取り外し店の片付けを始めると、拓人も自分の持ち物をまとめて二人を手伝う。
外された飾りはカウンターに集められ、彩がジャック・オ・ランタンの明かりを消していく。
「その明かり、一つくらいなら持ち帰ってもいいよ?」
遥琉の言葉に、彩は手にしたランタンをじっと見つめた。
「うーん、いいよ」
少し考えたあと、軽く首を横に振って明かりを消す。
「そう?」
「うん。私には、これ以上明かりはいらないから」
「どういうこと?」
彩の言葉の意味をつかめず、遥琉は首をかしげ問いかけた。
「ジャックはね、悪戯がすぎるあまり、天国の門からはじき出されてしまうんだ」
明かりの灯ったジャック・オ・ランタンをそっと両手で包むように持つ。ぼんやりと灯るあたたかく優しい光を見つめ、彩は言葉を紡ぐ。その、何処か儚げな様子に、遥琉は何も言えなくなった。
「地獄に行くこともできないまま、ジャックは自分の居場所を求めて地上をさ迷うことになる。その間に持っていたとされるのが、かぼちゃをくりぬいて作られた明かりだったんだって」
アイルランドにいたというその彼は、死後かぼちゃのランタンを持って暗闇の広がる地上をさ迷った。
天国からはじき出され、悪魔との約束で地獄に入ることもできず、行き場を失った彼。自分の居場所を求めて歩き続けた。ぼんやりと足元を照らす、ランタン一つで。
彼の魂は、安寧の地を見付けることはできたのだろうか。
話が終わり少しすると、彩が両手で持っていたランタンの光を消した。心なしか、店内が暗くなる。
「私にはもう、かぼちゃのランタンは必要ないから」
そう言って、明かりの消えたジャック・オ・ランタンをカウンターテーブルの上に置いた。
「今の、ジャックの話?」
いつの間にかカウンターの前に来ていた拓人が声をかける。
「拓人さんも知っていたんだ」
彩が答えるよりも早く、遥琉が感心したように言う。
「ええ。以前、少し調べたことがあったので……」
「私は今日初めて知ったけれど、なんだか哀しい話ね……」
「そうですね」
「でも、人によっては自業自得だって言う人もいるんだよね」
「どうして?」
「ジャックは、人間の時に自分が地獄へ行かないように、悪魔までも騙したから」
そのことを聞いた遥琉は、黙りこんでしまった。
確かに、悪魔を騙して地獄へ行くことのないよう契約書まで書かせたというのだから、自業自得なのかもしれない。それでも、暗い地上をランタン一つでさ迷うようになったということを、哀しいと感じたのだ。
「まぁ、そういうのはその人個人の受けとり方にもよるからね」
「まぁね」
「ところで、どうしてランタンの話をしていたの?」
「片付けてる時に、ジャック・オ・ランタンを見ていたら思い出したんだよ。昔、似ているなって思ってたことも」
彩が言ったことの奥に隠された意味まで気付いた拓人は、心配そうに彩を見た。そして、名前を呼ぶ。
「彩……」
「大丈夫。今は違うから」
安心させるように優しく微笑って言う。
「私は、あたたかい居場所を見付けたから」
ジャックにとっての、安寧の地。
それを見付けたから。だから、口にしたのだ。『もう、かぼちゃのランタンは必要ない』と。
「もう、ランタンを持ってさ迷い歩く理由はなくなったからね」
きっと、彩も旅をしていたのだろう。彼女自身の、心の居場所を求めて。
彩は、今までずっと一人でいた。笑顔の裏で、孤独を抱えたまま。よき理解者が現れるかもしれないという、希望すら諦めて。それは何もない、薄暗い世界。
そんな彼女の世界が、突然色を変えた。拓人という、一人の小説家と出会うことによって。そして、彼女は手に入れたのだ。永い旅の中で探していた、安住の地を。
「それはよかった」
安心した拓人は、穏やかな笑みを浮かべた。
そしてカウンターに残る、明かりの灯った最後のランタンをそっと両手で包んだ。柔らかなオレンジ色の光を数秒見つめたかと思うと、ふっと瞼を伏せてその明かりを消したのだった。
fin.
初出:10/31本館(月夜の旋律)
…ひとやすみ…
今回の話は、少し切ない感じを目指して書いてみました。
この話を書くにあたって、ハロウィンのこと、ジャック・オ・ランタンのことを調べました。ジャック・オ・ランタンの由来を知った時は、なんだか複雑な気持ちでした。悪魔までをも騙すジャックを自業自得だと思う反面、一生地上をさ迷うことになるのは哀しいことだとも思いました。この話に登場する三人、彩、遥琉、拓人は後者です。彼等は、とても優しい人達ですので。
書きたいことを、しつこくならない程度の文章で書くのは、とっても難しいですね。Halloween前に完成したことにホッと一安心しつつ、少々くどくなってしまったような気がしてなりません。
この「パラレルわーるど。」シリーズは、本編である「さくら咲く季節」のキャラクターをそのまま登場させるようにしています。本編のオリキャラ達は、私がまだ小学生で物語(話)を書き出したころにつくったキャラクターがほとんどです。その分、どのオリキャラよりも愛情があります。特に、彩は。その次に、拓人と遥琉が。ここからは私の私情になりますが、今回は、思いっきり彩への「想い」をこめて書きました。本編もこのシリーズも、彩の心は同じ状態です。表では笑っているけれど、裏では淋しいこと、哀しいこと、辛いこと、全てを抱えこんでいます。そして、それを誰にも明かせずにいる。そんな中で拓人と出会い、ようやく本音を吐き出せるようになります。そうなるまでにも、時間はかかりますが。彩には幸せになってほしい。作者でありながらも、いつも読者のような立場でいる私は、そう思っています。
永くなってしまいましたが、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!!