君だけに (H25 アヤ誕)
秋が深まり、少しずつだが寒い日が増えてくる10月。
この月は、恋人同士にとって欠かせないイベントがある。
それは、大切な恋人の誕生日。
10月15日。この日は、拓人の恋人である彩の誕生日だった。
当人は喫茶店「Alice」での仕事が入っているため、夜まではいつもと変わらない日になる。出かけられるのは、彩の仕事が終わった後だ。数時間しか残っていないが、それでも彩に喜んでもらえるよう、拓人はいろいろと考えていた。
午後になって、拓人はいつものように喫茶店を訪れた。そして、彩と出会い話をするようになってからよく座っていた、店の奥の角にある、窓に面したテーブルについた。
少しすると、彩がコーヒーと小さなケーキを持って拓人の席に来た。
彩はたまに、拓人が何も注文していなくても、こうしてコーヒーとお菓子を運んでくることがあった。
「どうぞ」
「ありがとう」
拓人の元にコーヒーとスイーツを持っていった彩は、他の客の対応など普段の仕事に戻る。そして、拓人の方はテーブルにノートパソコンと数枚の紙を広げて作業を始めた。
喫茶店「Alice」特有の、ゆるやかな時が流れる。ふと気付けば、いつの間にか茜色の夕陽が窓から差しこんでいた。もう少しすれば、外は暗くなる。
閉店までまだ数時間ある。彩はいつも閉店後片付けけまでしてから帰途につくが、この日は違った。
「彩ちゃん、今日はもうあがっていいよ」
接客から戻ってきた彩に、遥琉が声をかける。
「え? でも、まだ……」
店内の時計を見て、彩は戸惑う。
「誕生日でしょう?」
そんな彩に、遥琉はふわりと笑って言った。
「そうだけど……」
それでも、まだためらっている。
「私からのささやかなプレゼントだと思って、さ?」
彩に小さな紙袋を渡して言う。反射で受け取ったあと、彩は手元の紙袋を見て、次に遥琉を見た。
遥琉は、優しい笑みを浮かべていた。
「……ありがとう」
照れたようにお礼を口にしたあと、彩は帰り支度を済ませ拓人の元へ向かった。
「お待たせ」
声をかけると、拓人は作業を止めて彩を見た。
「お疲れ様。少し待ってて?」
彩が小さく頷いたのを見ると、手早くノートパソコンと紙を片付け席を立つ。レジで会計を済ませ、二人で外に出る。
外は既に暗くなっていた。空気も冷たくなっている。
街灯が灯る道を、二人で並んで歩く。
「ね、寄り道して帰ろっか」
「え?」
「デート、しよ?」
拓人が彩の方を見て優しい声で囁いた。
声のした方に顔を向けた彩は、拓人と目が合う。しかし、すぐに顔をそむけ視線を下にしてしまった。暗くてよく判らないが、きっとほんのり赤くなっているはずだ。彩の可愛らしい行動に、拓人の口元が緩む。
「……うん」
少しして、彩は小さな声で頷いた。
賑やかな街の方へ向かいながら口を開く。
「夕食、何が食べたい?」
「んー、洋風?」
いつもの落ち着きをとり戻した彩が答える。
ざっくりとした返答に、拓人は少し困った顔をした。
「じゃあ、僕のお気に入りのお店でもいい?」
この前訪れた店だったのだが、とても良い雰囲気の店で気に入るのはすぐだった。いつか、彩を連れて行きたいと思っていた店だ。
「うん」
穏やかな空気が漂うその店は、彩もすぐに気に入ったようだった。
夕食を終えると、いろいろな店を見て回った。
アクセサリーを見ていた時、ふと彩が動きを止めた。拓人も、彩が、観ているところに目をやる。
そこには、10月の誕生石であるピンクトルマリンのついた、ハートモチーフのペンダントが飾られていた。
「可愛いね」
「そうだね」
拓人が傍で声をかけると、静かな声で返事があった。
「買おうか?」
「えっ、いいよ」
問いかければ、すぐに否定の言葉が返ってくる。それでも、拓人はすぐには引かなかった。先程声をかけた時の彩の様子を見て気付いてしまったのだ。
「欲しいんだろう?」
「まぁ、そうだけど……」
少しだけ声に真剣さを含ませて聞く。すると、彩はためらいつつも本音を口にした。
「今日は誕生日なんだし、買ってあげるよ」
「……ありがとう」
柔らかい微笑みを浮かべて言うと、彩は嬉しそうに笑った。
会計を済ませた拓人は、ペンダントをそのまま手にして戻ってきた。
そして、「つけてあげる」と告げて彩の後ろに回った。丁寧な手つきで髪を分け、ペンダントをつける。終えると彩の前に立ち、優しく笑った。
「うん、似合ってる」
「ありがと……」
照れたように笑う彩は、とても可愛らしかった。
ぽつりぽつりと店が閉まり始める。二人は彩の家に帰ることにした。
住宅街の中でも大きな洋風の家。そこが彩の家だった。少し前までは一人で暮らしていた。拓人と恋人という仲になって数ヶ月が過ぎたころ、一緒に暮らすようになったのだ。
居間に行くと、拓人は彩にゆっくりしててと言ってキッチンに入っていった。
拓人が二人分の紅茶を用意している間、彩はソファーでくつろいでいた。
「お待たせ」
そう言って戻ってきた拓人は、紅茶の他にモンブランの乗ったお皿も持っていた。
「ハッピーバースデー」
「ありがとう」
目の前のテーブルに置かれたモンブランを見て、彩は嬉しそうに笑う。そんな彩の隣に、拓人は優しい微笑みを浮かべながら腰をおろした。
「いただきます」
「……どう?」
手作りケーキだったこともあり、思わず感想を聞いてしまう。
「すごく、おいしい」
「よかったぁ」
ほっと一息吐いてから、拓人も自分のケーキを食べ始めた。
他愛のない会話をしつつ、二人は夜のお茶会を満喫する。
モンブランがなくなって少ししたころ、拓人は一冊のファイルを彩に渡した。
「はい」
「これは?」
「誕生日プレゼント、というかおまけというか……」
歯切れの悪い拓人に首をかしげながら、彩は受け取ったファイルを開く。
「これ、小説?」
「うん。まだ、誰にも見せてない話」
「私が見ちゃって、いいの?」
予想外の返答に、彩は戸惑う。
これから書店に並ぶかもしれない話を、編集者より先に見てしまってよいのだろうかと誰もが思うだろう。
そんな中、拓人が優しい声で言葉を紡いだ。
「いいんだよ。彩のためだけに書いたんだから」
「うれしい……」
小さな声で言う彩の顔は、耳まで赤く染められていた。
「それね、まだ最初の話だけしかないんだ。これから少しずつ書いて、彩にあげるから」
「ありがとう。でも、本にしなくていいの?」
「彩が本にしたいなら」
拓人の答えの意味を掴めず、彩はどういうこと? と首をかしげる。
「その話は、彩のために書いたんだ。もう、彩のモノなんだよ。だから、彩が本にしたいと思うなら編集さんに見せるし、誰にも見せたくないと思うなら、そのまま持っていていいんだ」
「……読者の人達には悪いけど、この話は私が持っていることにする」
受け取ったファイルを、きゅっと大切そうに抱きしめる。
「今日は、本当にありがとね」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
「うん。本当に……今までで一番素敵な誕生日だった」
ふわり、と花が咲くように微笑う。
とても綺麗に笑った彩を見て、目を見張る。そして、同じように微笑いながら、拓人はことさら優しい声で囁いた。
「誕生日おめでとう。彩に出会えてよかった」
fin.
初出:H25 10/17(本館)
…ひとやすみ…
10月15日に完成する予定でした。が、風邪はひくし行き詰るしで、結局遅れてしまいした。すみません。本当はもう少し書きたいのですが、ちょうど良い区切りが判らなくなるので、ここで切ってみました。
この話を書くにあたって、いろいろ悩み、調べました。彼女にあげたら喜ぶプレゼント、アクセサリー、彼女の誕生日、ケーキ……etc。久しぶりに調べ物をして少し大変でしたが、楽しくもありました。余談ですが、デート中に拓人が彩にペンダントを買ってあげる他に、拓人は彩にプレゼントを用意している、というのがプロットでした。が、実際には拓人個人で用意しているプレゼントが思い浮かばず……。何をあげたら喜んでくれるのか、判らなかったんです。一年に一度の彼女の誕生日。記憶に残るような一日にしてあげたいじゃないですか。アクセサリーのプレゼントが一般的で良いかなぁと思いつつ、そういうのって個人の好みがあるじゃないですか。もらった時は嬉しそうにしていても、身に着けてくれなかったり、あとから彼女の好みじゃなかったと知ったり、そういう記事を見たらアクセサリーはやめようと思いました。まぁ、拓人ならそんな失敗はしないだろうとも思いましたが。で、「形に残るモノだけがプレゼントではない」という言葉を見て、手作りケーキにしてみました。「さくら咲く季節」のタクトは料理上手でもあるので(笑)
それにしても、誕生日プレゼントって大変ですね。改めて実感しました(笑)
この話の最後に出てきた「拓人の小説」ですが、これは「パラレルわーるど。」シリーズをつくって少ししてから、「彩の誕生日に拓人が彩のためだけに書いた小説をプレゼントする!」と心に決めていました。何せ、このシリーズの拓人は小説家ですから。そして、個人的に、拓人が彩にあげた話は「Akulatan~人間書庫~」の「episode0」という設定にしています。まだ、このシリーズで明確にするつもりはありませんが(笑)Aklatanがこれから先執筆できるか未定だからです(←オイ)
長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださり本当にありがとうございました!!
H25 10/18