おまけと短文
紅葉の秋。街が温かい色に染まり始める。
住宅街に紛れこむようにして建っている喫茶店「Alice」のメニューにも、秋らしいスイーツが入った。
ゆったりとした時間が過ぎていく、いつもの午後。
Aliceの店員である桜井彩は、常連である小説家の席にコーヒーを届けに行った。作業の邪魔にならないところに、コーヒーとおまけのスイーツを置く。
「あれ? これは?」
注文していない物が置かれ、その小説家、杉村拓人は不思議そうな声を上げた。
彩に自分が黒子和人というペンネームの小説家であることを見抜かれた拓人は、よく彩と話をするようになった。今では親友のように仲が良い。
「おまけ」
「おまけ?」
「そう。まぁ……試作品、なんだけどね」
苦笑して言う彩は、可愛らしい。
「試作品なのに、いいの?」
拓人のような客に出してしまって。
「いいの」
言葉にしなかった部分も、間違えることなく受け取って、答える。
「私が拓人に出したかったから。だから、あとで感想、お願いね?」
そう言って、彩はカウンターに戻っていった。
彩が他の仕事を始める姿を見た拓人は、目の前に置かれたコーヒーとスイーツを見る。
彩が試作品と言って置いていったのは、アップルパイだった。
感想をほしがっていたから、きっと、彩の手作りなのだろう。そう思うと、自然と口元が緩んだ。
アップルパイを食べ終え、二杯目のコーヒーを注文する。
少しして、彩が二杯目のコーヒーを持ってやってきた。
「どうだった?」
「おいしかったよ。手作りならではの、素朴で温かい味がした」
拓人が微笑んで言うと、彩がほんのりと頬を染めた。
「ありがとう」
「お礼、と言っては何だけれど、これあげるよ」
彩は、拓人から一枚の紙を受け取る。
「これは?」
「ちょっとした短文。ちゃんとしたお礼はまた今度ってことで、今はこれね?」
「そんな、お礼なんていいのに。私が勝手にあげたんだし、それに……」
「それに?」
「今の短文だけで十分だから」
大切そうに、彩はその紙を胸にあてる。
「そうなの?」
「うん。普通の贈り物とかも嬉しいけど、私はこっちの方が嬉しいから」
「そっか。喜んでもらえてよかったよ」
パイを食べた後にササッと書いた短文なんだけどな、などと思いながら、コーヒーを一口啜った。
「でも、こんなに喜んでもらえるんだったら、もう少し長い文章にすればよかったかも」
「気にしないで。それはまた今度ってことで、さ」
「判った」
数日後、メニューに期間限定スイーツとして、アップルパイが追加された。
ただ、拓人は注文しなくてもアップルパイが食べられる時があった。それは決まって、彩がおまけと称して拓人に出していたとか。
Fin.
…ひとやすみ…
「さくら咲く季節」の地球版、みたいなのがやりたくて作った「パラレルわーるど。」シリーズ、ようやく書けました!
本当は彩と拓人の出会い話とかにしたかったのですが、それは時間があるときにゆっくり書いていきたかったので、今回はこちらにしました。
仲良くなってからの二人。だから、まだ恋人同士ではないという。
タイトルがいい加減過ぎた気がしないでもない一作目ww
H25 1/14