第三十四話
***
あれからわたしはどうやってここまで来たのだろうか。
グレンが血を流して倒れた後の記憶がない。
気付けば、グレンをかかえて王宮の医務室に来ていた。
一緒にいたという団員から聞いた話によると、あの後、船長室にいた海賊はみんなわたしが倒してしまったらしい。それはもう凄い勢いで。
そのなかにいた海賊団の船長を倒したことで、徐々に収束に向かっていた事件は終止符を打つこととなった。
船外で指揮をとっていたヴァンに事件の処理を任せて、わたしはグレンを担いでその場を去っていったらしい。
グレンはあれから三日も眠り続け、今日やっとお医者様から『峠は超えたのでもう安心ですよ』と聞かされた。もうすぐ目を覚ますだろうとも。
それまでずっと付き添っていたけど、それを聞いてわたしは静かに部屋を出た。
わたしがセシリアの格好のままずっとグレンの側にいても、侍女のみんなは何も言わなかった。
事件の報告に騎士団の団員が数名やってきたので、セツ隊長が女……セシリアだということはもうみんなに知れ渡ってしまったらしい。
きちんと説明と謝罪をしなければと思いながら、その時はその場を動けないでいた。
みんなを騙していたのに、非難する者もいない。
なんてやさしい人たちだろう。
そんな人たちをずっと騙していたなんて……罪悪感と後悔の念が押し寄せてくる。
今回の件は全てわたしの責任だ。
次期国王のグレンに怪我を負わせた上に、正式に婚約破棄も決まってしまった。
医務室に運ばれてきたグレンを心配して東国の姫君がわざわざ足を運んで下さったのに、グレンの側で泣きじゃくっていたわたしを見ると『これで正式に婚約破棄ですわね』と言って去っていった。
わたしのことをグレンの想い人と勘違いしてしまったらしい。
何度も違うと説得したのだが、聞き入れてもらえなかった。
結局グレンの想い人も見つけてあげることができなかったのだ。
「それで、わたしに辞表を持ってきたのかい?」
「……はい」
わたしは今陛下の執務室に来ている。
本当はこんなこと畏れ多いのは良く分かっているんだけど、クロエ先生に辞表を持って話に行ったら、陛下の許可がないと受理できないと言われてしまった。
もちろん、その時クロエ先生にもこれまでのことをすべて話した。
最初はすごく驚いていたけれど、話終わる頃にはいつものように微笑んで頭を撫でてくれた。
『セツさんでもセシリアさんでも、わたしの可愛い教え子の一人にかわりはありませんよ』と。
泣きたいのを必死で堪えてここまで来たけれど、陛下の顔は依然として厳しい。
「今回の責任は全ておれ……わたくしにあります。海賊の上陸を許した上に、グレン様にも怪我を負わせてしまいました。なにより陛下やみんなを……謀って参りました。……わたくしは御覧の通り女です。団長の任を辞するだけでお詫びになるとは思っておりませんが、まずは陛下に謝罪と隊長の任を解いて頂きたくお願いに上がった次第でございます」
膝をつき、最上級の臣下の礼をとるわたしを陛下は黙って見つめていた。
それからゆっくりと口を開く。
「うーん、そうだね。では後ろにいるグレン国王陛下に許可をもらってくれるかな。わたしは既に隠居している身なのでね」
「え?」
人の気配を感じて後ろを振り向くと、そこにはさっきまでベッドに横たわっていたグレンが扉に体を預けて立っていた。
「行くぞ」
無事に目覚めたことにほっとする間もなく、グレンはわたしの手を掴んで執務室からひっぱり出し、どんどん進んでいく。
後ろを振り返ると、陛下がにこやかに手を振っていた。