第三十一話
そして昨日。
久々に時間が取れたので、セツに練習相手をするよう言付けた。
楽しみに鍛錬場で待っていたのに、あいつは遅刻してきた上に「婚約者を選んでおいた」などと爆弾発言を残してその場から立ち去ってしまった。
一瞬頭が真っ白になったが、呆けてはいられない。
その後急いで件の婚約者殿とやらに断りを入れに行ったが、とんでもない条件を突きつけられた。
『では、この機会にその女性に思いを告げてみてはいかがです? そうだわ。戴冠式までにその女性に思いを告げて、わたくしにも会わせて下さいな。それを婚約破棄の条件として提示します』
おれはヴァンが言っていたように、努力の方向を間違えていたのかもしれない。
好きな相手に政略結婚の手筈を整えられた上に、その婚約破棄の条件が、その相手に思いを告げて連れてこい?
結果は目に見えているではないか。
これは最後通告なのかもしれない。そろそろこの思いに決着をつけなくてはいけない時がきたのだ。
そっと思いを告げて、終わらせよう。
セツが女性だと知っているのはおれとヴァンだけだ。
今まで通り秘密にしていくと伝えれば、これからも騎士団で働いていけるだろう。
すぐ側でクロエのためにどんどん強く、そして綺麗になっていくセツを見ていくのはつらいが、友人として見守り続けることぐらい許されるだろうか。
とりあえず、目の前の政略結婚を断るべく、適当な「思い人」役の女性を街で雇うことにした。
セツに思いを告げるのは、すべてが片付いてからだ。
おれも着いて行くと言って聞かないヴァンを宥め、自分の気持ちもなんとか落ちつけてその日は眠りについた。
そして、今日。
いらんと言ったのに、仕事を途中で抜け出してきたヴァンに「助っ人を用意するから」と言われて無理矢理街外れの店で待たされた。
が、待ち合わせ場所にヴァンが連れて来たのは『セツ』、いや『セシリア』だった。
とりあえず、セツがセシリアだとは気付かないふりをしておいたが、訳が分からない内にどんどん話しは進んでいき、いつの間にか「グレン王子の思い人探し」などと言う話になっていた。
セツはその助っ人?
「ふざけるな、おれが好いているのはセツだ。目の前にいる相手をどうやって探せというのだ。だいだい今日は適当に女を雇う予定だったではないか?!」
ヴァンに必死で目で訴えても、ニヤニヤと楽しそうにしているだけで、一向にとりあってくれない。
とりあえず話を合わせて店を出ることになったが、先に行こうとするヴァンを急いで引きとめて小声で激怒する。
「おい、どういうつもりだ」
「頑張れよ。探してたのは君だよ、とか言ってさっさと好きだって言っちまえばいいじゃねぇか。」
「今回の政略結婚を取り付けてきたのはセツだぞ。断るのを手伝ってくれなんていえるか!!」
「はぁ、乙女心が分かってないねぇ。『断るのを手伝ってくれ』じゃなくて、『好きだ』って言やぁいいんだって」
ヴァンは最後にそう耳打ちをして、ケタケタ笑いながら行ってしまった。
それを簡単に言えれば苦労はしない。
今まで築いてきた友情はどうすればいい。
セツを困らせたくはないのだ。
でも……
今日ぐらい許されるだろうか。
「“セシリア”と名前で呼んでもかまわないか?」
「どうぞ…ご自由に」
一瞬頬を染めたように見えたのは、おれの願望が見せた錯覚だろうか。