第二十九話
それが思い上がりだったと気付いたのは、数日ぶりに隣国の視察から戻ってきた時のことだった。
自室に戻って荷解きをしていると、窓からセツとクロエが剣を交えているのが見えた。その光景が羨ましくて、そこに自分がいないのが悔しくて仕方ない。
気付いた時には荷物を中途半端に投げ出して部屋を出ていた。
「おれも随分と小さいな」
誰に言うでもなく、一人そんなことを呟きながら早足に廊下を進んでいると、向こうからクロエがやってくる。
「グレン様!! お帰りなさいませ。今日お帰りだと分かっておりましたらお迎えに参りましたのに、このような格好で申し訳ありません」
簡易な訓練用の隊服を申し訳なさそうに整えながら、クロエは満面の笑顔で出迎えてくれる。
この一見優男が、一国の元帥殿だと誰が信じるだろう。
「かまわん。セツと手合せしていたようだがもういいのか?」
「はい、大会前の最終調整ですから。あんまり長くしましても、ね」
「は?」
おれの怪訝な声にも、クロエは相変わらずの笑顔で答える。
「武術大会に出場するための最終調整ですよ、グレン様が推したのでしょう? セツさんはまだ未成年ですがやる気と実力は十分ですし、もしかしたら優勝もありえるかも……ってあれ。うーん言っちゃまずかったですかねぇ」
クロエが最後まで言い終わる前に、おれはセツの元へと駆け出していた。
「セツっっ!!」
久しぶりに会えたことに、一瞬表情が緩む。
それを急いで引き締めて問いただすと、セツはしれっと先ほどの話を肯定した。
なんでこいつはこう危険なことを買って出るんだ。
おまけにクロエ、クロエと・・・・・・
そんなにあいつに認められたいのだろうか?
もし優勝でもして騎士団に入れば、クロエとの時間は増えるだろうが、おれとはきっと今以上に会えなくなる。セツのなかで自分の存在がどんどん小さくなっていることに落胆しながら、足はクロエのいる軍部へと向かっていた。
扉を開けると、既に着替えてきちんと正装したクロエが、書類の山と格闘している。
「グレン様? どうかなさいましたか?」
「申し込み用紙をくれ」
「はい?」
「まだあるだろう? 武術大会のだ。主催は王宮だが運営は軍部であろう?」
一瞬の沈黙の後、クロエは頭を抱えてため息をついた。
「お渡ししかねます。次期国王陛下を危険にさらすわけにはいきません」
「次期国王が出てはいけないという決まりはない。”グレン王子”が出場することで話題にもなるし経済効果も上がるだろう。それにおれもクロエ元帥から教えを請うたのだ、そう易々とやられはせん」
クロエはまたひとつ大きなため息をつく。
「セツさんに対抗心を燃やすのは大いに結構ですが、今回は頂けませんよ」
「……」
今おれが対抗心を燃やしているのはクロエであってセツではない。
そんな嫉妬が恥ずかしくなり、押し黙っていたら、クロエがもう一度ため息をつく。
「まぁ、言っても聞かないのは承知しております、確かに話題にはなりそうですね」
セツさんにばれたら絶対反対されると思いますので、秘密ですよ。
とクロエから念押しされて、急いで申し込み用紙に記入した。