第二十七話
「お前……強いんだな」
疲労と共に沸き起こったのは、なんともいえない感情。
セツはただただ真っ直ぐにぶつかってきてくれた。
変な遠慮も、殺意もない。
勝負には負けてしまったが、なんだか楽しくてしょうがなかった。
そのまま、疲れているであろうセツを引っ張り回して遊ぶ……予定だったのだが、クロエに見つかってあえなく断念。おまけに父に呼び出されてしまい、執務室へ行くことになってしまった。
***
「父上、どういった御用でしょう?」
早く済ませたくて早口でそう言うと、父は満足そうな笑顔で俺の頭をくしゃくしゃにした。
「いや、セツとは仲良くやれそうかと思ってね。その分だと大丈夫そうだな」
「セツは……また来てくれますか?」
一瞬、父は顔をそらして頭をかいた。
「それがなぜかアルが渋ってねぇ、お前からも頼んでみておくれ」
「アルさんに?」
「セツの父親がアルなんだよ」
アルさんは父の昔馴染みで、よく王宮にも出入りしていたので何度か会ったことがある。剣術指導をしてもらったこともあったが、俺と同い年ぐらいの息子がいるなんて話は聞いたことがなかった。
「俺……嫌われてるのかな」
「『お前の息子にしては良くできたやつだな』と珍しく褒められたよ、心配いらないさ」
「では、俺からもお願いしてきます。またセツを連れて来て下さいって!!」
「ああ、行っておいで」
***
全速力で中庭に戻ると、セツの側には既にアルさんがいた。急いで出て行きたかったが、先程の考えに足が止まる。そのまま中庭の柱の陰に隠れていると、微かに二人の話声が聞こえてきた。
「……あのなセツ、女の子は王子と友人になったり剣術の練習相手になったりしてはいけないんだよ」
――え?
「“おとこのこ”だったらいいの?」
「うーん」
「じゃあわたし……おれ、きょーからおとこのこになるよ。それならいいでしょ?!」
は?
俺は非常に混乱していた。
今まで周りに殆ど女性がいたことがなかったので、はっきりいって女の子がどういうものなのか全く分らない。セツは……『女の子』なのか? すぐに男の子になれたりるするものなのか? そんな馬鹿げた話……。
セツが女の子だからアルさんは渋ったんだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
セツがセツなら。
また会いたいと言ってくれるなら。
――会いたい。
駄々をこね、その場に座り込んで動かないセツの肩越しにアルさんと目が合ってしまった。
『グレン王子に女性を近づけてはいけない』という暗黙の了解があるのを聞いたことがある。
彼は暗黙の了解を破ったことがばれ、俺はそれをこっそり聞いてしまった。
一瞬気まずい雰囲気が流れたが、彼はにやりと笑い、セツの手を引いて帰路につこうとした。
――まずい。
「セツっっ!!!」
俺の声にセツが振り向く。その顔がぱぁと明るくなったような気がした。
「もう……帰るのか?」
俺の願望がそんな風に見せたのかもしれない、けど――
「うん……」
セツにまた会えるなら、どんな秘密も嘘も知らなかったふりをする覚悟はある。
だから。
「また来い……絶対来いよ!!」
セツを見て、それからアルさんへと視線を移すと、その顔は新しい玩具を見つけた子供のような表情だった。
「グレン王子。セツをまたどうぞよろしくお願い致します」
やられた、この人絶対面白がってやがる。