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第二十二話

「困ります!! ここから先は現在立ち入り禁止です」


港に着くと人、人、人。

避難していたのはごく一部だったようで、血気盛んなセントレア国民は久々の有事の現場に殺到している。

その人垣の向こうに、野次馬を止める騎士学校の少年たちと、その教官が目に入った。

何度か剣術指導に行った事があるので見知った顔も多い。

どうやら実地訓練もかねて、今回の騒動に借り出されているようだ。

人垣の間を抜け、こっそり紐をまたいで現場に向かおうとすると、当然のように止められる。

「すみません、危険ですのでここから先は入らないで下さい」

まだあどけない、騎士学校の制服を着た少年が必死に懇願する。その顔には覚えがあった。

「君は確か……フェルナン=コールデン?」

剣術指導の時に見た顔だ。

「え? なんで僕の名前……」

困惑する少年を横目に、すばやく彼の腰にささっている剣を抜き取った。

「ちょっと借りるよ」

「ああっっ、困ります返してください!!」

「隊長命令には逆らえませんでした、とかなんとか教官には言っておくといい。後からわたしもきちんと説明しておくよ」

「え?……ええ?!」

依然として困惑したままの少年を尻目に、わたしは奪った剣を片手に紐を飛び越え現場へと駆け出した。

ごめんね、フェルナン少年。


***


「フェルナン!! 何をしている!! 一般人を侵入させるなとあれほど言っただろうがっっ!!」

フェルナンの頭を一発殴ってから、教官は急いで女性の後を追おうとした。

が、フェルナンは必死に教官の袖をつかみ、引き止める。

――何て言えばいいんだろう?

引き止めてはみたものの、フェルナンには先ほどの女性を何と言えばいいのか分からなかった。

「……一般人では……ありませんでした」

やはりこうとしか言いようがない。

「はあ?! どっからどうみてもいいとこのお嬢さんだっただろうが!! 早く連れ戻しに行くぞ!!」

当然、教官からの檄が飛ぶ。フェルナンは涙ながらにそれに耐え、もう一度先程の女性と、自分が尊敬してやまない隊長の顔を思い浮かべた。

「でも教官、あれは……セツ隊長でした!!」

「はあ?!」


***


かくしてフェルナン少年の無実が証明されるのはもうしばらく後になる。後方でやり取りされていたその会話は、わたしの耳にはもう入っていなかった。

ただ目に映るのは眼前の海賊船のみ。

といっても、商船を装っているようで一見すると分からない。

しかし、その船のまわりには剣を交える騎士団と、海賊らしき男たちでごった返していた。

おまけにどこからともなく弾丸も飛んでくる。

ひとついい事を挙げるとすれば、みな目の前の相手に夢中で、場違いな女が一人紛れ込んでいるのにまだ気づいていない事だ。


よし。


わたしは深く一呼吸してから、船へと続く階段を目指しその中へと飛び込んだ。


「退けっっ!!」


その声に、その場にいた全員の動きが止まる。

しかし、その一瞬の静寂も、すぐに海賊たちの失笑に変わってしまった。

「おいおい、ここはお嬢さんが来る所じゃねえぜ」

「それともセントレアの騎士団は、こんなお嬢さんの助けを請わなきゃいけねぇほど弱っちいのかい」

「違いねえ」

海賊たちの乾いた笑いに、騎士団のみんなは穏やかではないはずだ。

もちろん彼らはそれを表に出す程愚かじゃない。

そんなことより、紛れ込んでしまった一般人女性の救出に、頭をフル回転させてくれていることだろう。

わたしは静かに首を横に振った。


「その必要はない」


ぼそりと呟いてから、先程から暴言を吐いている海賊たちに剣を振りかざす。


一人一撃。


油断していたのか、彼らはやけにあっさりとその場に倒れ込んだ。

わたしは振り返ることなく、船へと向かう。


「……」


一瞬の沈黙の後、海賊たちの殺気は一気にわたしへと集中した。

「貴様っっ!!」

振りかざされたすべての剣を軽くよけ、向かってきた海賊たちを薙ぎ払う。


アトラスの剣は重い。

『斬る』のではなく、その重さで『殴る』のだ。

相手に致命傷を負わせることはないが、その分自分の手首への衝撃が大きい。


手首に少しばかりの疲労を感じてきた頃。

その場に立っている海賊たちは半数になっていた。

そのほとんどが、ただ茫然と立ち尽くしているだけで向かってはこない。


「応援はいらない、救護班を呼んでください。怪我をしている者はすぐに離脱すること」


わたしは、同じく先ほどから茫然としている騎士団に向かって静かに語りかける。


「海賊はすべて捕縛し、すぐに事情聴取を開始。怪我をしている者は騎士団だろうが海賊だろうがきちんと治療を受けて下さい」


みんな、薄々わたしが誰なのか感付いているようだ。

わたしは乱れた金髪の長い髪と、もうぼろぼろになってしまった黒のワンピースをなびかせながら続けて言った。


「今一度、海賊たちに武術大国セントレアの王宮騎士団の力を知らしめよう」


静かに微笑んでから、デッキへと向かう。



許してもらおうとは思ってない。

よくも騙してきたな、と蔑んでくれてかまわない。


自分のしてきたことに後悔はない。


この体で詫びることしか、わたしにはできないから。



今一度、剣を取る。



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