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第二十一話

頑なに沈むのを拒む太陽が地平線を赤く揺らしている。

明るいのは遠くに見えるその地平線だけで、セントレアの街はそのほとんどが夜だった。

いつもなら街灯に灯りが点き始め、静かな夜が始まるはずなのに、今日は様子がおかしい。

行きかう人々は慌ただしく、港の方からは叫び声のようなものが聞こえる。


「何の騒ぎだ……」


事態を飲み込めないわたしたちは、港から走ってくる人の波の中から少年を一人捕まえた。

「うわ、何すんだよ!!」

「いきなりすまない。妙に騒がしいけど何かあったの?」

視線を落として少年を見ると、走ってきたせいか顔が紅潮している。

「何があったんだ?」

しばらくぼーとしていた少年は、わたしの後ろに仁王立ちしていたグレンにせかされてようやく口を開いた。

「海賊が出たんだ」


「「海賊?!」」


まさか……

わたしたちはしばらく唖然としていた。セントレアの海に海賊が出るなんて前代未聞。

いや、わたしやグレンが生まれる以前は海賊たちが跳梁跋扈していたらしい。

けれど、当時最強を謳っていた海賊の一味とセントレアの王子――グレンの父上である当時の国王陛下が手を組んだことで、他の海賊たちはセントレアの海で暴れなくなった。

もうその海賊の一味は解散してしまったらしいけれど、その海賊に敬意を表し『セントレアの海では海賊行為を行わない』という暗黙の了解は、今も続いているはずだった。

それがまさか破られるなんて?!

……いや、わたしのせいだ。

賊の侵入を許してしまった……

暗黙の了解に胡坐をかいて海上警備が甘くなっていたのだ。

これではグレンの友人どころか、騎士団の隊長としても失格だ。

思わず涙が零れ落ちそうになって、天を仰いでからまた少年へと視線を落とす。

「引き止めてすまなかった、早く安全な所へ避難して」

「そんな心配すんなよ、姉ちゃん。きっと騎士団の兄ちゃんたちが海賊なんかすぐやっつけちまうよ」

不安げなわたしを見て少年は誇らしげに答えてくれた。

やばい、今度は感動して泣きそう。

「そうだね」

少年はまた人混みに紛れて走っていく。わたしはその小さな影が見えなくなるまで見送って、港があるセントレアの海に向き直った。

「行こう、グレン」


「おい」


走り出そうとした瞬間、おもいっきり手を掴まれた。

「うわっ、何?!」

「何じゃない!! 君はこっちだ」

そう言ってグレンが指指したのは、港とは全くの反対方向。


……しまった。

わたしは今『セシリア』だった……


「えーと……大丈夫、こう見えてけっこう強いんだ。それにフィーリアが心配だし。ほら、酒屋が港の近くにあるだろう?」

「駄目だ、フィーリア嬢のこともおれが引き受けよう。とにかく早く避難しろ!! いいな?!」

「ちょっとまっーー」

そう言って港へと走っていくグレンを追おうとした瞬間。


「……っっ痛い」


顔から豪快にその場に倒れこんだ。

ブーツのヒールが、煉瓦造りの地面の隙間にはまってしまったらしい。

履きなれないものを履くもんじゃないな。

おかげでグレンを見失ってしまった。

「はぁ」

思わず出てしまったため息は、滑稽な今の自分にか先程のグレンの台詞にか分からない。


『フィーリア嬢のこともおれが引き受けよう』


これでいいんだ。フィーリアがすでに避難して無事でいてくれるのが一番だけど、もし何かあってもグレンがきっと彼女を助けてくれるだろう。

運命の出逢いには、もってこいのシチュエーション。

わたしの役目は本当に終わってしまった。

目頭にこみ上げる熱いものを堪えて、地面に突っ伏したまま港の方を見る。

火が上がっているのか、騎士団の他にも消防隊の姿が見えた。

おまけに、叫び声と一緒に銃声まで聞こえてくる。



わたしの役目は本当に終わったの?


……いや


『わたし』の役目は終わったかもしれない


でも『おれ』の


『セツ』の役目はまだ終わってない!!



「ちょっとすいません!!」

地面に刺さってしまったブーツを脱ぎながら、商人らしき男性を引き止める。

「うわっ?! 大丈夫かいお嬢さん、随分派手に転んじまったねえ」

「ええ大丈夫です。それより、靴って売ってます?」

「は?」

「何でもいいんです、ヒールが低くて走りやすいやつ」

「売ってるには売ってるけど……今買うのかい? 早く避難した方がいいんじゃ……」

「引き止めてすみません。でも、どうしても必要なんです、これで足ります?」

差し出した現金を見て、男は抱えていた大きな麻袋の中から靴を何足か取り出してくれた。

さすが商人。

「異国の品だよ。底がゴムで出来ててね、丈夫で長持ちだし走りやすい。いやあこれは絶対売れると思ったね」

「じゃあそれで、お金足りない分は騎士団に請求してください」

「は?」

言いながら急いでその靴に履き替える。

やたら紐が多いけど足にフィットして随分履きやすい。地面に突き刺さったままのブーツは後で回収にこよう。

「よっと」

立ち上がると、いつの間にか足は血だらけになっていた。

ドレスのような服にこの靴は幾分ミスマッチだけど、まあ仕方ない。

その服も今はぼろぼろだし。

「おじさん、ありがとう。わたしもこれは売れると思うよ」

そう言い残して港へと急ぐ。



嘘偽りのない姿で


あの人の元へ




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