第二十話
言いかけて急いで口をつぐむ。
グレンには誰か想い人がいるのだ。
今何か言っても困らせるだけ。
分かってるけど……
わたしは俯いたまま顔を上げることができなかった。今目があったら、何かが口をついて出てきてしまいそうだったから……
そのまま黙り込んでいると、頭上からふわりと手が降ってきて、そのまま髪をくしゃくしゃにされてしまう。
「あいつらの話も当てにはならんな」
離された手を追って思わず顔を上げると、グレンが腕組みをして苦笑している。
わたしはそれに安堵して、ようやく冷静さを取り戻した。
「団長が…次期国王陛下が情報操作なんかされたらだめですよ」
「以後気をつけよう」
グレンからは先程までの険しい表情は消えていた。今はただ穏やかな微笑みをたたえている。
その表情が自分に向けられているかと思うと何だか妙に照れくさくなって、わたしは急いで話題を変えた。
「ところで、今探してる女性とはどこで出会ったの?」
「?!」
突然想い人の話になって、グレンは顔をかすかに紅潮させた。
傍から見れば至って冷静に見えるだろうけど、幼馴染のわたしから言わせてもらえば、グレンは酷く動揺している。
「話しかけたことはないんでしょう?」
「まあ……そうだな」
「じゃあ見かけたのはどこ?」
「……」
「グレン?」
グレンはしばらく黙っていたが、わたしがしつこく質問攻めにしたのでようやく重たい口を開いた。
「王宮だ、王宮」
「やっぱり?!」
「?!」
わたしの嬉々とした声にグレンは一瞬おののいたが、咳払いをしてすぐに体制を整えた。
「やっぱりって何だ、やっぱりって」
「実はわたしの友人にそれらしき人がいるんだ。王宮にも出入りしてるし、多分間違いないと思う」
そう『金髪碧眼の女性』と言われて、わたしには一人
すぐに思い当たる人物がいた。
でも、言えなかった。
言ってしまったらすべてが終わってしまいそうな気がして。
一緒にお茶をしたり、買い物をしたり、二人で街を歩くだけで楽しかった。
デートみたいだって思ったのはきっとわたしだけ。
だから、早く終わりにしなければ。
今回の政略結婚はわたしにも責任がある。
グレンに好きな人がいるなんて知らかった。
いや、きっとそんな人がいるなんて思いたくなかったんだ。
だからわたしは、この話を聞いてすぐに思い浮かんだその女性を頭の隅に追いやっていた。
でもやっぱりだめ。
わたしはグレンが……好きな人が幸せなのがいい。
「フィーリアだ」
「フィーリア?」
「港の近くに酒屋があるだろう?」
「ああ、入ったことはないが……ん? あそこは酒屋なのか? 確かに酒もおいてるらしいが、武器でも宝飾品でも何でも揃うと聞いたぞ?!」
「それはわたしも謎だけど、今重要なのはそこじゃないだろ?」
「ああ、すまない。そうだったな」
「フィーリアはそこの一人娘で、よく王宮にも納品に来てるらしいからその時見かけたんだと思う。髪は金髪で、瞳の色は限りなく碧に近いグレーだ」
わたしはこれで少しはグレンの役に立てたんじゃないかと声が弾む。
しかし、返ってきたグレンのそれは、いつの間にか暗くなってきていたセントレアの街の夜のように深く、そして寂しかった。
「そのフィーリア嬢が」
只でさえ暗い裏道に射し込む光は少なく、今はグレンの表情を読み取ることができない。
「おれが探している人物だと?」
「いや……まだ分からないけれど……」
わたしの声はどんどん小さくなっていく。
ああどうしよう。
何でもっと早く言わなかったんだって怒ってる?
いったい何を言ったらグレンは笑ってくれる?
喜んでくれる?
わたしはまた顔を上げることができなくなってしまった。
気まずい沈黙で、二人の間に静寂が流れ……
あれ?
……流れない
聞こえてきたのは遠くで飛び交う人々の声。
それもなんだか様子がおかしい。
「どうしたんだろう……」
「様子がおかしいな」
気まずい雰囲気は脱したけれど、今度は妙な胸騒ぎがする。
「行ってみよう」
「ああ」
駆け出したのは二人同時だった。