第十八話
「本当に良くお似合いですわ。せっかくですからお化粧もしましょう」
化粧台や洗面台まで揃う豪華な試着室ですっかり着替えさせられ、わたしはもうオーナーのなすがままになっていた。
「それにしても、素敵な彼ですね。お似合いのカップルだわ」
「だから違いますって!!」
着なれない服や化粧で只でさえ顔が熱いのに、わたしの体温はまだ上がるらしい。
「ただの……友人です」
しかし、自分で言ったこの一言で一気に現実に引き戻される。
そう、わたしはグレンのただの友人…
あれ?
でも今のわたしは旧友『セツ』ではなく『セシリア』だ。
いくらヴァンの紹介があったとはいえ、今日会ったばかりの人間に
グレンは非常にフレンドリーだった……ような気がする。
なぜだろう?
「わたしにはそうは見えませんでしたよ」
鏡越しに微笑まれて苦笑すると、もう髪も化粧もすっかり整えられていた。
ゆっくりと鏡の中の自分に焦点を合わせた瞬間、先程までのもやもやは一気に消えた。
薄く化粧ののった顔は先程の熱でうっすらと蒸気し、無造作に靡いていた金髪は緩くハーフアップされている。
「わたしじゃ……ないみたいだ」
「もとが良かったんですもの。それよりこの物騒な物はどうします?」
オーナーは、香水や色とりどりの化粧品と一緒に
不自然に台の上に乗っている古びた短剣を指差した。
「いつも身に付けている大切な物なんです。ないと落ち着かないから」
そう言って、着替えの際に外されたそれを太ももに括り付ける。
柄や鞘の模様はすり減っているけど、手入れを欠かしたことがないのでまだまだ使える。サーベルや銃相手では歯が立たないのは分かってるけど、これはグレンに貰った大事な短剣だから外す訳にはいかない。
これは、出会ってすぐ
まだまだ王宮内の情勢が不安定だった頃に
『危ないから』
とグレンがくれた短剣。
実は宝物庫から勝手に持ち出して来た物だったらしく、グレンはその後
陛下やクロエ先生に散々怒られていたのを思い出して、くすりと笑みがこぼれた。
その後わたしも急いで一緒に誤りに行ったら、
陛下は苦笑しながら『しょうがないな』と許してくださったんだっけ。
「まあスカートで隠れるから大丈夫かしら。さあ、御披露目しましょう」
え?!ちょっと待って。
いざこれを見せるとなるとかなり恥ずかしい……
思い出に浸っていたら、すでに試着室のドアは開けられていた。
「お待たせしました。如何です?」
店内の中央にある椅子で、本日二度目のティータイムを楽しんでいたであろうグレンと目が合う。
「……」
ああ、固まってるし。
基本的に無表情で、最近は公務以外で笑っている所を見たことがない。
でも、さっきの喫茶店で想い人のことを語っていた時は顔を赤らめてさえいたのに、ちょっと着飾ったわたしを見て無反応なのってどうなの?
そりゃあ今は『セシリア』だから、グレンからしてみれば赤の他人だろうけど……
そんなに可笑しいだろうか?
「グレン?」
「あっいや……よく似合ってるぞ。オーナー、すまないが靴も適当に見繕ってくれ」
「かしこまりました」
えーと、それだけっっ?!
社交界でご令嬢たちに言っているであろう
賛辞を期待していたわけではないけれど、あまりにもあっさりとした返答に多少気落ちしながら、用意されたピンヒールのブーツを履いてみる。
「こちらもよさそうですわね、よくお似合いですわ」
それを聞いてグレンは、立ち上がり会計を始めた。
「ではそれも全部貰おう。着ていた服は後で彼女の家に届けてもらえるか?」
「かしこまりました」
え?!
「本当にこのまま街に行くの?! オーナー、すぐにわたしが着てた服返して下さい」
わたしは急いで抗議した。スカートなんて履いたのは数十年ぶりだし、こんなドレスみたいなワンピースとピンヒールのブーツ……絶対似合ってない、あまりにも恥ずかし過ぎる。
それにこんな高価な服を着ていては、いつ汚してしまうかと怖くて普通に歩けない。
しかし、どんなに抗議してもわたしの主張は受け入れられず、このまま店を出ることになってしまった。
そして結局、ここでも件の女性を見つけることはできなかった。