第十七話
「あのグレン、見つからないんだけど?」
「うーん」
喫茶店のあった山のふもとから街の中心部まで、どれほど女性に声をかけたことか。
端から見れば、新手のキャッチセールス。
わたしたちは視界に入った全ての女性に、とにかく声をかけまくり『金髪碧眼の女性』のことを聞いてまわった。
しかし返ってくる答えはいつも
『そんな子山ほどいるわよ』
と
『そんなことよりお兄さんたち、ちょっと時間ある?』だ。
どうも引っかかるのは
『お兄さんたち』
と複数形になっていること。
短髪の鬘をかぶっていないにもかかわらず、わたしってお兄さんに…男に間違われてる?そりゃあ今日の服も、いつものごとく男物。もうちょっとお洒落で女の子らしい服を着てくるんだったかな。
尋ね人がなかなか見つからないこととは別に、そのことでも少々落ち込んでいた。
とぼとぼとグレンの後ろをついて歩いているそんなわたしとは対照的に、彼は至って元気……
いや、むしろ喫茶店で会った時より生き生きしている。
最近増えてきた社交辞令の笑顔ではない。
まだ見ぬ思い人に心弾ませているのか、子供の頃見た自然な笑顔は
重苦しい気持ちを幾分軽くしてくれる。
そんなこととは露知らず、意気揚々と前を歩いていたグレンは突然立ち止まりわたしを呼び止めた。
「セシリア、あの店にも行ってみよう」
指差したのは、白壁の被服店。小さな窓からは、可愛らしい服や小物が数点見える。
入ったことはないけれど、いつだったかフィーリアがこの店の前で
『一度でいいから、ここの服を着てみたいもんだわ』
と言っていた。
たぶんわたしなんかじゃ手が出せないような高級店。
非常に入りにくいけれど、この店のオーナーはかなりの美人という噂、確かめる価値はありそうだ。
仕方ない
「……入ってみましょうか」
リーン
ドアに付けられたこれまた高級そうなベルが、店の主に来客を告げる。
扉の中は思った通りのお洒落で可愛らしい内装。
その中央ではこの店にぴったりな美人が優雅にお茶をしていた。
「いらっしゃいませ…って、あらやだわたしったら、ごめんなさいね。お二人にもすぐお茶をお持ちしますわ、ゆっくり見てらして」
高級店ではお茶まで出してくれるのか、と呆けているわたしの前を通り過ぎ、美女はもう二人分のお茶を準備し始めた。
一見茶色に見えるウェーブのかかった長い髪は、光にあたると綺麗な金髪にも見える。小鹿のように大きな瞳も透き通った碧眼。
噂通りの美人オーナーだ。
これはもしかしたら、もしかするかも。
とグレンの方を見ても何だか無反応で、何やら店内の服ばかりを気にしている。
「グレン!! あの女性は?」
「えっ、ああ……違うな」
また外れか。
「お待たせしました。何かいいものはありまして?」
小さな溜め息は、お茶とお菓子を持ってきてくれたその美女の声にかき消された。
「いや、あの、わたしたち人を探してて……」
「これを貰おう」
「は?!」
突然話を遮ったグレンは、そう言ってマネキンが着ている黒のワンピースを指差した。
「まあお目が高い。そちらは昨日入荷したばりなんですよ」
「そうか、タグは外してくれ。着ていくだろう?」
「えっ、あの」
いきなり話をふられてしまい当惑しているわたしに、グレンは優しく微笑みかけた。
「今日の礼だ」
「え?! うっ受け取れないこんな高価な物!!」
先程ちらりと見えた値札は、いつも目にするものよりゼロが多い。わたしは勢い良く首を横に振る。
「かまわん。今財布の中にあるのはおれが賞金首を捕まえて得た金だ、気にするな」
えーと、それは
つまり税金じゃないから気にするなと?
「そうじゃなくて……」
わたしにはお礼なんて受け取る資格がない。
いくらたっても尋ね人は見つけられないし、むしろそのことを少しばかり喜んでいる自分がいる。
いつからこんな嫌なやつになってしまったんだろう。これじゃあ本当にグレンの友人失格だわ……
「どうした?」
今にも泣き出しそうなわたしを、グレンが心配そうに覗き込む。
わたしはあなたに心配してもらう価値もないのに……
そんな重苦しい雰囲気を壊したのは、素早くマネキンから服を剥ぎ取り、タグを外して、試着の準備万端で待っていたオーナーだった。
「まあ、恋人からの思わぬ贈り物に感極まってらっしゃるのね」
「えっ」
違う、違うから?!
しかも『恋人』って…
耳まで真っ赤になった顔を上げられず、その時のグレンの表情を見ることなく
わたしは試着室に連れ込まれた。