第十六話
震える手を必死に抑えて、落ち着こうと紅茶に口をつける。
「それでわたしに手伝って欲しい事と言うのは?」
ヴァンは紅茶を一気に飲み干して、突然立ち上がった。黒を基調に金の刺繍をあしらった騎士団の征服が翻る。
「その女をグレンと一緒に探して欲しいんだよ。金髪碧眼だってことしか分かってないんだ」
「どういうこと?」
「つまり、奥手で真面目な我等がグレン王子は、想い人のお嬢さんに声をかけたこともないってこと。名前も住んでる場所も知らないらしい」
動揺はすっかり消えて、あっけにとられていた。
グレンは小さい頃から軍神だ、次期賢王だと騒がれていたけれど
女性関係の流説を聞いたことがなかったのは、かなりの奥手だったから?
「ちょっと待った。わたしも含めて金髪碧眼の女性なんてこの国には山ほどいるのに、どうやって探せって?」
「ここは人海戦術だろ」
「たった3人で?!」
「いや、正確には2人だ」
答えたのはグレンだった。その答えに目を見張る。
「2人?」
「こいつは見ての通り勤務中だ。いらんといったのについて来たと思ったら、急にいなくなってあなたを連れてきた」
そう言ってグレンは視線をわたしへと向ける。見つめられると息が詰まりそう。
っていうか、わたしが来なかったら1人でその女性を探そうとしてたのか?
「ありえない…」
「?」
首を傾げるグレンに、わたしは心を決めた。
親友として少しでも役に立ちたいと思って政略結婚の話を持ってきたけれど、好きな人がいるのなら話は別。
「分かった。手伝おう」
ヴァンに続いて立ち上がる。
「頼りにしてるぜ、嬢ちゃん。結果を楽しみにしてるよ」
先に店を出て仕事に戻ったヴァンは、最後にグレンに耳打ちをしてケタケタ笑いながら行ってしまった。
「わたしたちも行きましょうか」
「ああ…」
ヴァンの分の会計も済ませて、裏口から店を後にした。
もうすぐ春だというのに、風は以前として冷たい。
さあ、やるか
気合いを入れて歩き出したのに、横を見るとグレンがいない。
振り返ると裏口の前で立ち止まったままだ。
「すまない」
「?」
「いや…今日は休暇か何かだったのだろう?せっかくの休みにこんな事になってしまって…」
わたしは勢い良く首を横に振る。
「我らがグレン王子の一大事ですから。何かお手伝いさせて下さいよ」
今できる最高の笑顔をグレンに向ける。
悲しんではいられない、誰か好きな人がいてもかまわない。
わたしはあなたの親友だから
そう、心から思う。
力になりたいと…
グレンは苦笑すると、やっと隣に並んだ。
「敬語に戻ってるぞ」
「あっ…」
「それから…“セシリア”と名前で呼んでもかまわないか?」
顔が真っ赤になったのは、きっと寒さのせい。
本当の名前を呼ばれて照れたからでは決してない
「どうぞ…ご自由に」
はず。
「では、セシリア。よろしく頼む」
すっと手を差し出され、握り返そうと右手を差し出しかけて
途中で勢い良く引っ込めた。
同年代の女性より剣だこやら豆やらで傷だらけの手は、差し出すのに一瞬戸惑ってしまう。
引っ込めた手を見て怪訝な顔をしたグレンに、勇気を振り絞って同じく傷だらけの手を握り返す。
「よろしく、グレン」