第十五話
徐々にこの違和感といか、緊張感というか…そういったものが解けてきた。
運ばれてきたアールグレイの紅茶を啜りながら、先程から気になっていたことを聞いてみる。
「あの…ところで“助っ人”っていうのは?」
すると、途端にグレンはまた思いつめたような険しい表情で俯き、それを見たヴァンが代わりに答えた。
「人を探してんだよ」
「人を?」
やっぱり指名手配犯?
そういえばグレンは私服だけど、ヴァンは騎士団の制服を着ている。
そんなことに気を取られていたわたしの質問に答えたのは、険しい表情のまま顔を上げたグレンだった。
「ある女性を探してるんだ」
いつも冷静沈着で、実年齢より老けて…落ち着いて見えるグレンが、年相応の青年の如く顔を高潮させていく。
ふと、昔一緒に悪戯をした、まだ無邪気だった頃を思い出した。
が、グレンはそのまま黙ってしまい、こちらは全く話が掴めない。
痺れを切らしたのはヴァンだった。
「グレンじゃ埒が明かねぇからおれが話すぞ。まあその…我らがグレン王子は昨日めでたく婚約者が決まったんだが、その日の夜には婚約破棄だ」
えっっ?!
心の中でおもいっきり叫んだ。わたしがどんな思いで婚約を取り決めたと…
ふとグレンの方を見ると、ばつの悪そうな顔をしながら紅茶を飲み始めた。そんなグレンに構わず、ヴァンは昨晩のことを話し出す。
「では、この婚約はなかったことにしてよろしいですね?」
王宮の一室
グレンは客間…東国の姫君『リンファ・アカツキ』が滞在中の部屋から出ようと、椅子からゆっくりと立ち上がった。
「構いませんわ。国交と対等な貿易条約が結べればそれで十分ですもの」
華のように笑う可愛いらしい顔とは裏腹に、姫君は頭の切れるさっぱりとした性格のお嬢さん…というのが、グレンの付き人として一緒に部屋に来ていたヴァンの、姫君に対する印象だった。
「ところで、やはりあの噂は本当なんでしょうか?」
グレンが一礼をして、ドアノブに手をかけようとした瞬間、姫君はふと思い出したようにつぶやいた。
「噂…ですか?」
「えぇ、グレンさまは男色の気があるって…」
「「はぁっっ?!」」
一同驚愕。
一番驚いたのはヴァンで、瞬時にグレンとの距離をとった。
「おいヴァン、逃げるな。姫君、それは全くの流説です」
リンファは頬に手を当て首を傾げる。
「あら?ではどうして婚約も結婚もなさらないの?誰か思ってらっしゃる女性がいるなら、とっくに婚約なさってるはずでしょう?セントレアは王族も自由結婚主義が通ると聞きましたわ」
「それは…そのような女性がいるにはいるのですが…何分わたしの片恋で…」
動揺して青ざめていくグレンとは対象的に、姫君は嬉々としてとんでもない提案を持ち出した。
「では、この機会にその女性に思いを告げてみてはいかがです?そうだわ。戴冠式までにその女性に思いを告げて、わたくしにも会わせて下さいな。それを婚約破棄の条件として提示します」
「そりゃあ妙案ですね、姫君」
代わりに返事をしたのはヴァンだったが、面白がっているのが見て取れた。
「ふふ、楽しみにしてますわ」
「で、現在に至るという訳だ」
話を聞き終わったわたしは、昨晩のグレンより動揺していると思う。
紅茶を持つ手がかすかに震えている。
本当にわたしは何も知らなかったんだ。
『それは…そのような女性がいるにはいるのですが…何分わたしの片恋で…』
ねえ、グレン
その人はいったい…誰?