第十四話
いつの間にか街の雑踏を過ぎ、街外れまで来ていた。
この辺りは落ち着いた喫茶店が一件あるのみで、街の賑やかさが嘘のようだ。
「そういえば嬢ちゃん、この後予定は?」
「特にないけど?」
さっきのわたしの様子を心配して、ヴァンが買ってくれた水飴をくわえながら答える姿は、小さな子供のようでちょっと情けない。
「よし。じゃあちょっと手伝ってくれよ」
いきなり手を引っ張られて、そのたった一件の店に足を踏み入れた瞬間。
すべてが止まった気がした。
店の一番奥の席に、黒髪の青年が座っている。
思いつめたような顔をしてお茶を飲む姿は、それでもどこか優雅で
店内にいる数名の女性客は、その青年に声をかけたそうにちらちらと奥の席に目をやっていた。
わたしは店の奥に入って行こうとするヴァンを急いで止め、その青年に気づかれないように一生懸命声を抑えてヴァンに掴みかかる。
「なんでグレンがここにいるの?!」
そう、いつもの王族の服でもなく騎士団の制服でもないけれど、そこにいたのは『グレン・テレシア・セントレア』その人だった。
「さっき街に来てる、って話しただろう?」
「そういう問題じゃない!なんでわたしをここに連れてきたんだっっ?!」
ヴァンはまたきょとんとした顔をしている。間をおいて、あぁっと口を開いた。
「大丈夫。ばれない、ばれない」
いや、ばれる。
いくらなんでもばれるだろう!!
パニック状態のわたしを尻目に、ヴァンはどんどん店の奥に行ってしまい、とうとうあの人に声をかけてしまった。
「よぉグレン、待たせたな〜」
青年…グレンはゆっくりとカップを置き、顔を上げた。
「遅かったなヴァン、どこまで行ってたんだ?」
「助っ人を連れて来るって言っただろう?」
そう言ってヴァンはわたしの方に目をやった。グレンもその視線の先を追う。
「それにしては随分おそかっ…」
遅かったな、っと言いたかったのだろう。
目が合った瞬間動きが止まり、わたしは持っていた水飴を手から滑り落とした。
でもそれはほんの一瞬で、すかさずヴァンが間に入る。
「あぁ、こいつが助っ人に来てもらった“セシリア”だ。女がいた方がいいだろう?セシリア、知ってるかもしれんが“グレン王子”だ」
呆然としているわたしとグレンとは対照的に、ヴァンは悪戯をしかけて面白がっている子供のように満足げな笑みを浮かべていた。
おまけに“グレン王子”という言葉が出て、店内の女性客たちはざわめき立ち、悔しいことに顔のいいヴァンの相乗効果で閑静なはずの喫茶店には黄色い歓声が響き混乱状態。
わたしたちは店主の好意で、奥の部屋へと通された。
茶色とベージュで統一されたその個室は、お洒落で落ち着いた空間だったんだけど、わたしは気が気でない。出来ればあの女性客たちに紛れたかった…
ふわふわのソファーに腰を下ろすと、グレンがやっと口を開く、
「先程は申し訳なかった。あなたがセツ…友人に似ていて驚いたもので…」
え〜と、これは…
ばれてないんだろうか?ほっとしたけど、何だか喜べない…でも本人です、とも言えなかった。今まで築いてきた『セツ』としての信頼を失いそうで怖い。
目を合わすことができず、俯いたまま答える。
「いえ…わたしもまさかグレンさまがいらっしゃるとは思っておりませんしたので驚いてしまって、失礼し…」
「ちょっと待った」
言い終える前にグレンに遮られた。
「敬語じゃなくてもかまわない、おれのこともグレンと呼んでくれ。街中で“グレンさま”なんて目立つだろう?」
あぁ、どっかで聞いたなこのセリフ。
「はい、分かりました…じゃなくて…分かった」
「その調子で頼むよ」
顔を上げて目が合うと、グレンがはにかむように笑うので、わたしもつられて笑ってしまった。