第十三話
店を出て辺りを見回すと、戴冠式前ということもあってか異国の商人や見知らぬ顔が多い。
フィーリアの言う通り、制服を着た騎士団の姿も目につく。
今までは女装…ではないんだけど、『セシリア』として騎士団の仲間と街ですれ違っても、『セツ隊長』と同一人物だと気付かれることはなかった。
しかし、こんなに多いと誰かにバレてしまうんじゃないだろうか…
そんな一抹の不安がよぎる中、後ろから誰かに呼び止められた。
「よぉ、嬢ちゃん」
あぁ嫌な予感
この声は…
「街で会っても声をかけないでくれ、って話したと思うんだけど?」
「つれないねぇ」
赤髪の青年はそう言いながら、隣に並んだ。
彼は王宮騎士団二番隊隊長『ヴァン』
元流れの傭兵で、二年前の武術大会でわたしとグレンとは別のブロックで優勝し、今はこの地に根を下ろしている。
その強さと頭の回転の速さは認めるけど…
同い年のせいか気が合うらしく、最近グレンと仲が良い…
男にやきもちなんて、と笑ってくれてかまわない!!
必死になって守ってきた親友の座さえ最近危ういのだ。
しかも、ヴァンには女だとバレてしまっている。休暇中偶然街で会った時『よぉ隊長。いつもは女だなんて思えんが、そんな格好してるとやっぱ普通の嬢ちゃんだな。』と声をかけられてしまった。
しらを切り通せる相手でもなかったので、本当の気持ちは隠して
『友人として、側にいるために男装している』
と言ってしまったんだけど…
秘密にするって約束守ってるでしょうね?!
こっちは、口止め料にたっかーい酒を奢ったんだぞ、
と何だかいろんなことが思い起こされて、眉間にしわが寄る。
「グレンが来てるんだって?」
若干睨みつけながら話を続けた。
横並びになっていつもより賑やかな街を歩くと、2人とも背が高いので雑踏から頭一つ分飛び出してしまう。2人ともっていうのがちょっと悲しいけど
「聞いてないのか?まぁ、街に行くたびに嬢ちゃん…セツ隊長にお伺いはたてねぇか」
え?
「どういうこと?!」
一瞬足を止めて立ち止まる。
「どうって…」
「“街に行くたび”って、グレンは良く街まで来てるのか?!」
口調は荒くなり、つい早口になってしまった。ヴァンはきょとんとした顔でこちらを見ている。
「来てるだろう?知らなかったのか?」
知らなかった。
昔は何でも話してくれたのに…
王宮に来た商人に国宝を売って怒られたとか
おやつに食べた焼き菓子が美味しかったとか
中庭の百日紅の花が咲いたとか
どんな些細なこともすべて
わたしはそんな時間が大好きだった。
それが今では、街に来ていたことも知らなかったなんて…
『セツ』
は彼の護衛としても、役に立たなくなってしまったのだろうか。
「おい、大丈夫か?」
ポーカーフェイスは崩していない。
それでも、僅かな変化を読み取り気遣ってくれるヴァンは、悔しいけどいいやつだ。
「大丈夫…ありがとう」
動こうとしない足を無理やり上げて、また歩き出す。
彼ならきっとずっと、あの人の良き友人になってくれる。
『セツ』が『セシリア』に戻って、
あの人のもとを去った後も…