第一話
それは秘密だった。
秘密にしなければいけなかった。
他の誰にばれてもかまわない。
ただ……
あの人にだけは秘密だった。
*****
海と山に囲まれた西の国『セントレア』
城下の港町には、たくさんの商船がやってくるがはっきり言って田舎。
いやいや、大自然に囲まれた平和な国。
今、この国ではある話題でもちきりである。
もちろんここセントレアの王宮内でもまたしかり。
「わたくしは東の姫君だと聞きましたけど」
「おれは宰相殿の娘だと聞いたぞ」
「酒屋のフィーリアが見初められたんじゃないのか」
「わたしは――」
「おれは――」
王宮内にある騎士団の鍛練場に行くまでの間、侍女や警備兵たちから聞こえたのはこんなか会話ばかり。
ときたま「セツ様はどう思われますか」と、急に話を振られるので困ってしまった。
こんな風に何度も呼び止められて、約束の時間にだいぶ遅れてしまった。
約束の相手、セントレアに話題を提供してくださってる当事者様が、怒ってないといいのだが……
「遅い……」
鍛練場の扉を開けると、そこには整った顔立ち、真っ黒な黒髪に、グレイの瞳の青年が仁王立ちをして、おれに睨みをきかせている。その一挙一動に、柱の影からこっそり鍛練場をのぞいていた女性たちから、黄色い歓声が漏れた。
「おまえの遅刻のせいで時間がない、早急に一勝負願おうか王宮騎士団一番隊隊長殿」
青年はムスッとしたまま剣を抜く。
「まっ待って下さい!! もとはと言えば……そう!! もとはと言えばグレン様のせいですよ。戴冠式を明後日に控えた次期国王であるあなたがまだ結婚してないからっっ」
ガンッッ
その時、グレンはおれの頭を思いっきりぶん殴った。
「いきなり何するんですかっっ?!」
「敬語は禁止だといったはずだ。あと、お前が“グレンさま”なんて呼ぶな気色悪い」
「はいはい、グレン」
「よし。 が、お前の遅刻とおれの結婚は関係ないだろうが!! お前だってまだ独り身だし……」
最後の方は、声が小さくて聞こえない。
ちょっとは後ろめたさがあるのだろう。
「関係あるさ!! ここ何日かずっと、おれはグレンの結婚相手についていろんな人に尋ねられて足止めをくらわされたあげく、今朝は陛下に泣きつかれた」
「はぁ?!」
「“セントレアの次期新王陛下に妻も婚約者もいないのは、彼に何か問題があるんじゃないか”と、グレンがことごとく見合いを断った列国から陛下はさんざん嫌みを言われたらしい」
「……」
「で。悔しいから、陛下とおれで婚約者を選んでおいた」
「?!」
「東の大国の姫君だ、けっこう頑張ったんだぞ。これでとりあえず列国から嫌みを言われることはないだろうけど……」
「どういうことだ?」
「あとは陛下に聞いてくれ、おれの勤務時間はとっくに過ぎてる」
「セツッッ」
グレンが叫んでいるが、聞こえない振りをしてそれだけ言うと、おれは鍛練場を後にした。
これでいいんだ、と何度も自分に言い聞かせながら。