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パラレル・バーチカル・ウロボロス  作者: 馬憐狼詩


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第三十二話 【テリオン編】裏社会の夜明け【白いワンピース、愛への嫉妬、鉄砲玉】

第四層五界-テリオン

世界歴 104679年4月3日

──────


部屋の中は時が止まっていた。

いや、止まっているように思えた。


自分が朝、家を出てから変化がないからだ。

しかし、ここには彼女が1人でいた。その痕跡がない。


「ただいま。シファ、大丈夫か?」


寝室の方から物音がする。

行くとベットがモゾモゾと動いていた。


「おかえり。あーあ、今日はずっとベッドでゴロゴロしてたよ」

「体調は? もう大丈夫?」

「うん、平気」


そう言うと彼女はベッドから立ち上がり背伸びをした。


綺麗なブロンドのロングストレートヘア、透き通るような白い肌。

お気に入りの白いワンピースの寝間着姿が、今日の活動時間を物語る。


「それにしてもグレイ早かったね。ご飯どうする?」

「今からキリトとシオンとアブラヤ行くんだよ。シファも行くか?」


土曜の夕方、シファが外に出るには狂気が濃すぎる。

それを承知で一応聞いてみる。


「私はいいや。……それより怖い顔してるけど、大丈夫?」

「え、そうか?……いや、次の稼業が思いのほかな、面倒臭そうっていうか」


『そう』とシファは優しく微笑んだ。


「グレイの仕事は死ぬかもしれないからね。それをわかって頑張ってるんだもんね」

「心配ばかりかけて悪いな」

「いいよ、気にしないで。グレイと付き合ってから覚悟はしたから。心配することもあるのがグレイのパートナーなんだって」


胃が痛くなってきた。

シファに心配をかけているのが目に見えてわかる。


俺に気を遣って、思ってもいない事を言い続けてる。

本人も内心は何言ってんだろうって思ってるだろ。


「まあ、心配すんな。今回も上手くやるよ」

「そうだよ、グレイならできるよ」


俺は着替えて、『じゃあ行ってくる』と言って家を出た。

シファは手を振った後、『冷凍パスタ~』なんて言いながらキッチンに向かったのが見えた。


──ピンポーン

「シオンお待たせ。準備できたぞ」


──ガチャ

「はいはい! 早く行こっす」


2人で事務所を目指す。

マンションと自動車屋の敷地は、歩いて20秒あれば行き来できる。


それもあって合流後は2人とも言葉を発しない。

会話を始めても、すぐに事務所に着いて会話が途切れるから。


「おう、お待たせ」

「結局シオンも来んのかよ。ちゃんと言ったか? 今回は死ぬぞ」

「え? ちょい待ち。なんかキリトさんのテンション思ってたんと違うんだけど。ガチ?」


キリトが俺を睨んでくる。


「アブラヤで詳しく話そうと思ってよ。玄関口であーだこーだってやり取りをこいつとすんのキツいだろ」

「は? ドユコト? ウチだってちゃんと話しするし! てか適当に教えたのそっちじゃね!?」


キリトが『まあ、わからんでもない』風の表情に変わった。


「はいはい、悪かったよ。とりあえず詳細はアブラヤで話す。シオンがやるやらないどっちにしろ、飯は食いたいだろ」

「なんか、こういう雰囲気が初めてすぎて……そんなに今回危険なんすか? フクロにするとか死体運ぶとかじゃなくて? 殺しよりもやばいんすか?」


一同、事務所を出て鍵をかける。

呆れ気味のキリトと不安そうなシオンとアブラヤを目指す。


俺達は今、どう見えてるんだ?

柄の悪い男と黒服の男に挟まれて、制服姿の女子高生が不安な顔して歩いてる。


この町では不思議に思われない場面だ。

けど、そういう人達に自分が見られるかもと思うとこの状況は嫌だな。


アブラヤに着き店に入る。


──ガチャ

「どうm」

「もう、グラちゃんったら今日も綺麗ー! ほら、グラス空いてる! 次は何がいい?」

「ヒック、そ~んなことないろ。じゃあマンハッタン~、ヒック」


滝のように汗をかいた大男が、緑色の髪をした酔っ払いを接客してる。


いや、仲睦まじく、相思相愛の間柄に接客はないか。

本来はリビングで繰り広げられるべきそれが、ここアブラヤでは毎日のようにカウンターで起きている。


アブラヤ店主の『ラング』とそのパートナー、『グランティ』。

どちらもいい歳した大人だ。


「おいおい、おっさんとおばさんがこんな所でイチャイチャすんなよ」

「おい、キリト。聞こえたらどうすんだよ。ダルイだろ」

「マジ、いつ見てもインパクトぱねぇ」


鬼の形相でグランティが振り返った。


「なんらと、このクソガキども~!!! ヒック」

「グラちゃん、よしなよ。僕らの愛への嫉妬なんて無視無視~」


いいなー、こういうのを幸せと人は呼ぶんだろうな。


自分達の置かれている状況とギャップのある光景に、ある種の理不尽さを感じる。


「キリト君達の席は奥ね。いつもの、こ・し・つ」

「ヒック、ラングっちは本当~に優しいね~。ヒック、VIPルームを使わせるな~んて、ヒック」

「でもグラちゃんにとってのVIPルームはこの席だもんね」


『ねー』、なんてバカップルが言い合ってる。


「キリト、早く行けよ。目と耳が腐っちまう」

「でも、ウチは憧れちゃうなー。あれが大人の恋か」


『ちげーだろ!』と大人2人が同時に叫んだ。


アブラヤで唯一の個室は独創的な空間だ。

中はそこそこ広く、10人は入れる。


赤や茶色の割合が多いタイル張りで、黄色や青や緑など含め様々な色で構成されている。

他にも異国の飾りが多い、これはグランティの趣味らしい。


真ん中にテーブルがあり、それをコの字に椅子が囲っている。

椅子は壁から人が座れるように突き出したタイル張りで、長時間座っても痛くないようにクッションが各辺に3つずつ敷かれている。


俺たちはここを『アジト』と読んでいる。


「何頼む? 全員ビールでいいな?」

「いや、勝手にビールにすんなし。ウチはカシオレで」

「おいおい、あんなのでよく唐揚げが食えるな」


『唐揚げこそ勝手に決めんなし!』『ご馳走になる身でガタガタぬかすな!』

女子高生と柄の悪いおっさんの喧嘩をよそに、キリトが呼び鈴を押した。


──ガチャ

「はいはい、お待たせ」


『ラングっち~早く帰っておいで~! ヒック、酒が空だよ~』とグランティの怒声が聞こえた。


「グラちゃん、すぐ戻るからねー! たっくもう、あの人は僕がいないとダメなんだから、もう」

「唐揚げとメンチカツとエビフライとフライドポテトをお願いします。あとビール2つとカシオレ」

「ちょい待ち、ウチサラダ食べたい」

「俺達が食わないから却下」

「はいはい、サラダね。大丈夫、シオンちゃん用に小さく盛るね」


『マジ、ラングっち最高~』なんてシオンが茶化してラングが笑顔で部屋を出る。

外からは『ラ~ング!』とグランティの声が聞こえた。


「やっぱラングさんはいい人だけど、グランティのどこに惚れたんだろ」

「キリトは素面のグランティに会ったことねーのか? バリキャリだぜ?」

「は? マジかよ? バリキャリぃ!?」

「わかる~。昼頃会うとキャリアウーマンなのウケるっすよね」


『……嘘だろ』とキリトが遠くを見ている。

俺と目が合っているはずなのに、視点は俺の遥か遠方にある気がした。


「でよ、真面目な話だ。シオン、お前は今回降りろ。俺もシファをどこかに避難させる」

「……え、シファさん避難って。てか、ウチも降りろとかわけわかんないし」


キリトと目が合った。

仕事モードに感覚が戻ってきたようだ。


「そうだ、今日はただ飯を食いに来たわけじゃねえ。いいか、俺たちはサンベイの指示でノスタを殺す」

「ああ、殺し損ねたらノスタとサンベイの2人を敵に回す。それに、俺たちだけじゃなく、その近親者全員も酷い目に合う。頭をハジかれて終いだなんて、絶対にそんな優しい死に方はありえねえ」


お手拭きで手を拭いていたシオンの手が止まった。


ノスタにサンベイ。

女子高生が認知し、動きを止めるほどの大物。


「……いや、それありえないっしょ。なんで、こんな田舎に大物が来るんすか。てかそのタマ取るとか、そんなの鉄砲玉じゃないすか」


──M県 T市 風間町(別名:ウィンデル)

ここが俺たちの街。

国の首都から高速の公共インフラで2時間、そこから車で30分。


「ここに来るんじゃねよ、ロルストンだ」

「だとしても、なんで!? ウチらがやる意味がわかんないっす!」

「俺が思うに、ボスも断れないんだろ。俺たちはミスったら終わり、だけどボスは断った時点で終わりだ。裏社会に半身入れてるってだけで真っ黒じゃねえ。本職に断れないのさ」


シオンの顔色が心なしか悪くなってきている。

テーブルの上を目を泳がせながら凝視している。


「グレイの言う通り、ボスは断れない。そしてシオンの言う通り。俺達は鉄砲玉だ。言いたかねーけどな。ま、裏稼業に足突っ込んで人一倍稼いだ末路ってやつだ。覚悟はしてたぜ?」


キリトがメガネを拭きながら、ついに言い放った。


そうなんだよ。

俺達は鉄砲玉、使い捨ての道具に選ばれちまった。


──ガチャ

「お待たせ~!あれ、みんな暗い顔してどうしたの!? もう頼む料理で喧嘩しないでよお。はいビール2つとカシオレと美味しい料理たちぃ」


テーブルに揚げ物とサラダと酒が並んだ。

さすが、ほぼ揚げ物しかメニューがない分、提供が早い。


全部の揚げ物が雑多に皿に盛られてるのが玉に瑕。

しかしサラダの盛りは綺麗だ。


「喧嘩してませんよ。お酒が出てくるの遅くて」

「ちょ、怒んないでよキリト君さ。ほら、スマーイル。あ、お通しがトンカツかエビフライか選べるけどどうする?」

「え、じゃあ……エビフライは頼んでるしトンカツ? いや、じゃなくて、もういっぱい頼んでるし結構です」

「だよね~、ごめん遅くなってね。じゃまた呼んでね~」


『サ~ケはまだかー!』とドアの開閉のたびにグランティの怒号が聞こえる。


「……ハァ。おい、キリト。とりあえず乾杯」

「……ハァ。ん? あ、おう。じゃあ、乾杯」


未来への絶望と、目の前の他人の幸せ。

圧倒的ギャップを前に、死んだ魚の目をした3人がグラスを掲げた。

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