第一話 カブトムシを捕りに行こう【魔法禁止世界で違法採集任務依頼】
第五層六界-アルカナ
世界歴 104679年4月10日 8時58分
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「ウルト、起きな。今日、デカい依頼の日でしょ。どうせまた”アウトロー”な」
姉の声で目が覚める。
あれ、箒レースで今先頭だったよな。
2位とコンマ3秒差で逃げ切るために必死で……。
夢見心地の頭を無理やり回転させる。予定を思い出す。
そうだ、今日は朝から依頼が入ってる。寝坊はできない。
ベッドで上半身を起こして背伸びをする。
窓からは太陽光が差し込み、姉を照らす。
晴れらしいことはわかった。
「なんだ、ラピスもまだ寝起きじゃん」
寝巻き、ボサボサの髪、寝起きの顔。
見た限り、姉は起きてすぐに俺を起こしただけのようだった。
「このラグが重要なんでしょ。洗面台のタイミング被りたくないし、かと言ってあんたが寝続けると色々と遅れるし」
確かに。心の中で肯定する。
このラピスという人間は異常とまでは言わないが時間に執着する癖がある。
「わかったよ、ラピスが顔洗い終わるくらいにいくよ。それまでベッドメイクでもしてる」
ならいいけどみたいな顔をしてラピスは洗面台に向かった。
「あ、私のもよろしく」
少し戻って来て廊下から顔だけ出してそう言った。足音が遠ざかる。
朝から弟をうまく使う姉にやれやれと思いながら、2段ベッドをもれなくベッドメイクした。
洗面台に向かうとラピスは”歯を磨きながら髪をとかして”いた。
器用なもんだ。俺にはそんなことはできない。
櫛を宙に浮かせて繊細に髪をとかす。しかも2つも。
うがい用のコップまで顔面斜め下に準備している。
歯を磨き終わるとブラシを手放す、歯ブラシとコップが手の中で入れ替わる。
うがいをするラピス。オートで洗われる歯ブラシ。
ここ、アルカナでは当たり前の光景だが、これが”リアリス人”にでも見られた日にはとんでもない話だろうな。
とはいえこの精度、こんな芸当は昔から同じことを毎日繰り返したことによるある種のスキルだ。
”細かい操作”が得意なんだ。
あーあ、俺は髪型に興味なくて短髪でよかった。
そんなこと思いながら顔を洗い、歯を磨いて髪型を整える。
髪をイジっていると、部屋に戻り出かける準備がもう整ったラピスが俺の後ろを通り過ぎた。
ラピスは着替え、化粧し、ジャラジャラとアクセサリーまで身につける一連の準備を一瞬で完了させることができる。
やつなりの効率化のシステムでありある種のスキル。
俺も急いで支度した。
一階に降りて母の事務所を目指す。
家の一階は母の探偵事務所が入っている。
事務所として使っている部屋に入るとそこにはすでにラピスがいた。
ソファに鎮座し足を組んでいる。
「ウルト、遅い。起こした時の2分のラグがなんで6分になんのよ」
たった4分、されど4分。
ラピスの中で俺を待つ予定だった時間の猶予は2分だったらしい。
少しイラッとしたからせっかちな姉め風の顔をしてやった。
「ラピス、そんなに時間にうるさいと生きにくいわよ」
母の言葉が俺の顔の表情を濃くさせる。ざまーみろ。
「いいの、いいの、心の奥底で本気で思ってないし。ウルトにそう刷り込んでるだけ」
多分これもラピスの効率化システムの一端なんだろう。
これが功を奏するのは果たして何年後か。
少なくとも俺はコントロールされる気はない。
そもそもがせっかちなだけだし、ラピスの正義は万人に受け入れてもらえるものでもない。
「別にウルトは遅く来てないでしょ」
「そうだよ、身支度だってテキパキやったぜ? こっちは化粧はないけど髪洗ってんだよ。俺なりの時短テクで”強風”で乾かしてセットして色々とさ」
母と弟の話を無視する姉。
華麗にスルーしてタバコに火をつけた。
ませた奴だ、まだ16歳だってのに。
「……ハァ、仕事の話をするわね」
デスクに肘をつき両手の指を組んで椅子に座っている母がため息混じりに話し出した。
しっかりしてるように見えるが母の気を煩わせるのはラピスの方が割合としては多い。
朝からのデカい依頼とは要は家の手伝いだ。
俺たち双子は2人揃って金が欲しい。”箒”をカスタムするためだ。
双子揃って箒レースに陶酔している。何かと金がかかる趣味だ。
金をどうする? そうだ家の手伝いをしよう。
こんな塩梅で3年前から探偵の助手をしている。
本音を言えば探偵業の手伝いなんてしたくはない。アウトローな依頼は特に。
「今からあなた達にはリアリスに行ってもらう。ターゲットはカブトムシ」
その言葉に驚き、ラピスの方を見た。目が合う。
「母ちゃんどういうこと? ”魔具(魔法道具)”の回収とかの類い?」
「ウルトそれ抽象的すぎだし的を射てない。リアリスのカブトムシが欲しいって聞こえてるけど具体的には?」
カチンとくる。
おいおい、カブトムシを馬鹿正直に捕りに行くのか?
だったら過去の経験から推測して質問するだろ。
と、俺は思うがラピスは論理的に詰めたい人間だ。
「正真正銘のカブトムシ、しかも虹色の。コレクターが欲しがっててね、依頼が来たの」
うーん、元来の探偵ってのは浮気だの人探しだの、そういったのが主な仕事だろう。
ここの探偵事務所はもはや万屋と化している。
なんたってカブトムシなんだ?
まあ依頼なら仕方はない、のか?
「リアリスのイギリスはロンドンにターゲットがあるから」
またまたラピスと目が合う。
「前にそこ行ったことあるけど都会だよ? 母さんもっと具体的に詳細を教えて」
ラピスがピリピリし始めた。ニコチンなら足りてるだろうに。
「こっちから”出界”した魔女がリアリスで花屋をやっててね。そこで魔法でカブトムシを成育してて、それを売り捌いてるってわけ」
完全に読めた。
今回の仕事も完全にアウトローな内容だ。
そもそもリアリスで魔法を使うことは禁止されている。
魔法で育てた虹色のカブトムシがターゲット。
買ってこいって言われないことは確かだ。
「つまり魔具と箒は持って行った方がいいってわけだ」
いちおう聞く。いちおう。
「そうね、けど安心して。花屋の奥に扉があってそこを空間拡張して育ててるって話し。だから街中でドンパチしてリアリス人に見られるのを気にする、なんて心配はないわ」
「安心ー?」
ラピスの眉間が渓谷を思わせる勢いでシワが寄っている。しかし同感。
母を睨みながらラピスはタバコの火を消した。
「母ちゃんさ、最近こういう依頼多くない? 探偵業にしてはアウトローなのばっか」
「違うでしょウルト、今はこの事務所の最近の仕事内容なんてどうでもいいの。魔法禁止世界で魔法を使用してカブトムシぶんどってこいって言ってる母親が問題なの」
なんでラピスの言うことはこうも的を射ているんだろう。
腹が立つ。が、言い返せない自分が悪い。
最近俺はこればっかだな。
「えー、そんなこと言っていいの? この天才探偵、エリザベス=ポアロ様が破格の依頼を頂戴して? しかもそれをあなた達に回してあげてるのにー?」
棚の上に飾りのように鎮座してるクリスタルのロックグラスに、これまた飾りのように鎮座させていたウイスキーを注ぐ。
母エリザベスは、バツが悪くなるとこうだ。
自分こそ正義であり正解だと言わんばかりの行動に出る。
依頼主からすれば頼りになる探偵に映るだろうけど、家族からすればそれは虚勢であり常套句であり言葉は撤回しないと宣言している行為であるとわかる。
母は一口でシングルウイスキーを飲み干した。
「破格って?」
ソファから立ち上がり母に使われなかった片割れのロックグラスにウイスキーを注ぐラピス。
「なんと100万マグよ。もちろんこれはちゃんと分けるわ。私50、あなた達50」
1人25万マグ!?
ギャラの過去最高をゆうに越している。
おいおい箒のエキゾーストシステムを欲しかったブースターに交換できるし、細かいパーツ類も変えて見た目もいじれるんじゃねーか?
むしろ次の箒の頭金にするか──
そこで思考が切り替わる。
いや、待てよ、これって危険ってことか?
だよな、ドンパチ? 出界した魔女? バチバチの戦闘もあり得るじゃねーか。
「ちょっとおばさんピンハネしすぎじゃない? そもそもイチ家庭が1ヶ月過ごすのに30万マグもあれば足りるよね? 他の依頼もあるだろうし、ウルトの言葉を借りるなら最近はアウトローな仕事が多くて報奨金欲しいくらいなんだよね。私らの報酬70万にして」
ナイスだラピス! 俺ならそんな態度で言えない。
そこに痺れもしないし憧れもしないが、いい姉を持ったとこういう時だけは思える。
「おばさん発言で減点。……と、言いたいところだけどいいわ、あんた達に70万」
母はニヤリと口角をあげて、即答した。
多分最初からこのくらいの金額を考えていたのだろう。
ラピスが言わなかったら本当にピンハネじゃねーか。
シングルより少し多いウイスキーをラピスも一口で飲み干した。
「認識合わせのために明確にしておく。最優先は穏便にカブトムシの奪取。魔女と遭遇したら即撤退、または依頼の中止。最悪が交戦。この認識でいいよね?」
「オーケー、オーケー、俺もその気持ち」
アウトローな依頼ってのは基本こうだ。
穏便が最優先。最悪が交戦。
「わかってるじゃない。探偵業の廃業じゃなくて人間の廃業にならないように気をつけてね」
母親がこんななら大した依頼でもないんだろう。
故に破格な依頼か。
「さて、じゃあ早速その七色のカブトムシとやらを捕りに行きますか。私はオーケーだけど、ウルトは魔具と箒の充填100%?」
「もち、いつでもいけるぜ」
1人35万マグ。一般人の月の給料以上の金が入る。
そう思うと俄然やる気もでて昂ってきた。
ラピスの目がギラギラしている。
見えているのは箒のパーツ群かそれとも新しい箒か。
「行ってきます」
「じゃあ行ってくるねー」
「はいよー気をつけて」
魔具の確認をしながら部屋を出て居住エリアの玄関に向かう。
「ま、2人なら”あの人”が相手でもなんとかなるでしょ」
魔具の忘れ物はない。ま、俺は一つだけだしな。
玄関に立てかけていた箒を手に取り、車体のフロントとリアのロックを外して窮屈なZの形に変形させる。
その状態でロックをかけて、フロントとリアの最端から伸びたコードを肩にかけて背中に背負う。
上から大きな黒いローブを羽織り箒を隠し、まるで照照坊主のようなシルエットで最後の身支度を整えた。
これが2人揃って同じ格好であることに恥ずかしさはあるがリアリス人に箒を見せないためにも仕方はない。
穏便が最優先。
最後にとんがり帽子を2人揃ってかぶれば完璧だ。
「ウルトわかってるね、これは失敗できないよ」
「わかってるに決まってんだろ。さ、カブトムシを捕りに行こう」
希望99%、不安1%。
清々しい気持ちで玄関を開けて外に出た。
──ここから運命が変わったのか。
それとも最初から仕組まれていたのか。
双子はまだ知る由もない──




