第九章
第九章
生まれつき私には特別な力があった。強大な力だ。それは呪いと言っていい。子供の頃から私は自分が特別な存在だと分かっていた。そして、呪いを使うか使わないかは私の気分次第だった。
私は選ばれし特別な存在。他の人とは違う。
嫌な事があったら自由に呪いを振るった。誰かを傷付けたり、寝込ませたり。子供の頃はとにかくそれが楽しくて楽しくて、愉快で愉快で仕方なかった。
中学一年生の頃、ムカついた友達に呪いをかけて殺してやった。授業中にいきなり窓から飛び降りさせた。頭から真っ逆さまに落ちて即死だった。とっても上手くいった。あれは笑ったな。
「あなたがやったの?」
家に帰るとお母さんに質問されたっけ。
「違うの?」
お母さんは私の事をよく知っていた。最初から分かっていた。だから教えてあげた。
「だって。」
「だって?」
「嫌な事されたんだもん。」
赤ん坊の頃から色んな声が聞こえた。向こうの世界の住人達の声。私を通じて喋ったりするから大変だったけど、それはそれで面白かった。でも周りから見たらおかしな子に見えちゃうから、両親はとっても気味悪がってた。
でも勝手に部屋を覗いたりするのは、母親だとしてもルール違反だよね。意地悪のつもりで、ちょっと驚かせたりした事もあったな。
お父さんの事を驚かせた事もある。ある日、歩きタバコをしていたクズが目の前に居たので、簡単に呪ってやった。そいつはタバコを自分の額に押しつけたあげく、線路に入って電車に轢かれて死んだ。あの時のお父さんの顔は傑作だった。
私が特に面白がったのが【何者かに憑かれているフリ】をする事だった。力を使って何かをしても、年相応の話し方や仕草をすれば、『この子は悪魔に取り憑かれている!』と両親は勘違いしてくれた。何をしても、取り憑かれた可哀想な子として見てくれるから、同情してくれる。とっても楽チンだった。
先祖代々封じ込めてきた呪い達?のような物が私の中で目覚めたというのが真相みたいだけど、そんな事はどうでも良かった。何故なら私は"皆”を従える事が出来たから。私は呪いの王、いや女王か。呪いの女王としてこの世に生まれ落ちてきたのだ。
ただまあ、両親はそんな普通じゃない私が相当嫌いだったらしい。色んな所に相談したりしていたようだ。お祓いに連れて行かれたりもした。全く効かなかったけど、両親があまりにも必死で泣いたりするから、何だかさすがに申し訳なくなった。
お母さんの事もお父さんの事も、私は別に嫌いじゃなかった。確かに酷い事をしてきた。でもそれはそれ、これはこれ。私の事を大切に思い、育ててくれた。こんな化け物に優しく接してきてくれた。
だから私はある時から【祓われたフリ】をする事にした。そうしてからは両親はとっても嬉しそうになった。
あ、もちろん【祓われたフリ】をするのは両親の前だけの話。
とはいえ普通の生活をそれなりに送ってきたつもりだ。真面目に勉強はしてきたし、友達もそれなりにいる。恋愛だってしてきた。男運は無く、自慢できるような話はないけれど。
学生時代にカメラが好きになった。分からないけど、とにかくハマった。私のせいだろう、よく心霊写真的な物が撮れた。私に近付いてきた【それら】は大抵邪悪な何かだった。だからそういう場合、私は容赦なく祓った。邪魔なので。
何だかんだで、そういったのをきっかけにスタジオカメラマンの職に付いた。カメラや撮影自体は大好きだ。給料は決して高くないけど、仕事に対して大きな不満はない。
そう、私は普通の生活を送ってきたのだ。普通の人のフリをして。
それがあの日、古川美倫とその家族を撮影した日。全てが変わった。とっても気味が悪い家族で、撮影するのが嫌で嫌で仕方がなかった。普通に怖かったし。とんでもない客が来たと思った。
そしたらびっくり、撮影中に古川美倫の両親が自殺した。それも首の骨を折って。さすがに予想外過ぎて、驚いた反動でその場に座り込んでしまった。でもその時、私は古川美倫の中に何かを感じた。向こうは私の事に気付いてはいないようだったけど。
また何かを引き寄せてしまった。そう思った。
警察にはそれっぽく色々と話しておいた。とはいえ何かを解決出来るようには思えなかった。そんな予感がしていた。
するとその後から、何か変な黒い影が私に憑くようになった。しかもしかも、私を驚かせるように突然現れる!ほんとにムカついた。少し眼力を飛ばしてやれば、すぐに消えたけど。
しかもしかもしかも、私が意図しない時に私の周りで人が死ぬようになった。中川さんが亡くなったのを聞いたり、平手さんが亡くなったのを見て、まさかの自分が何かの呪いに浸食され始めていると確信した。
怒りが込み上げ過ぎてその瞬間、思わず大声で叫んでしまった。ちなみにその後、自分についていた呪いは一瞬で祓ったから、私だけの時は黒い影は現れなくなった。それでもどうやらこの死の呪いは、すでに街に蔓延しているようだった。
何もかもあの小娘のせいだ。古川美倫。生意気にも私を呪おうとした愚か者。大馬鹿者の世間知らず。だから私はあの小娘が一体何者なのか調べたくなった。
とりあえず何か知っていそうな雰囲気を感じた男性の刑事さんに会ったから、建前で相談を持ち掛けて、何かを聞けると思って警察署に行ってみた。
そしたら超ラッキー、偶然その刑事さんと出会うことが出来た。私に傘をくれた同僚の女性刑事さんは既に呪い殺されていたようだけど。
で、話を聞くと、出てくる出てくる古川美倫のエピソード。どうやら彼女もこちら側の人間だというのは確定的だった。
そして、なんやかんやあって今に至る。この小娘はあろうことか、私を犠牲にして、呪いをより強固なものにする絶魂の儀をやるなどと言い出した。笑止千万。
私を誰だと思っている。私は【千災の女王】だぞ。
里見のつぶやきに古川は固まった。血反吐を吐き、咳込みながら里見を疑問の表情で見つめる。里見は不気味な笑顔を浮かべていた。
「里見さん・・ど・・どういう事・・何で・・?」
「何をするかと思えば、絶魂の儀ですって?私を使って?」
里見の手足を拘束しているロープが、ぶちっと音を立てて一瞬で千切れた。それを近くで見ていた二人の黒服は、里見を取り押さえようと彼女の肩に触れた。
「触んな。」
里見が冷たく言葉を発した次の瞬間、黒服二人の頭がはじけ飛んだ。鮮血と肉片を撒き散らしながら遺体となった二人の黒服はその場に転がり、それを見た他の黒服達に動揺が広がった。久城も何が起きているのか理解が出来ない。
「遺灰で真っ白になっちゃったよ。ああ気持ち悪い。」
「あなたは・・何なの・・里見さん・・。」
「呪いはあんただけだとでも?」
古川に戦慄が走る。里見はゆっくりと立ち上がった。
「偶然か必然か。私らみたいなのは、結局いつかは引き合ってしまうのかなあ。」
里見が古川を気怠そうに見下ろす。
「ずっとあんたの事が気になってた。正体は何だろうって。呪いの類だとは何となく分かっていたけど。周りを巻き込む終焉の呪い。だけど、お馬鹿さん。あろうことか私にまで呪いをかけようとするなんて。まあ決して弱くない呪いだから、ちょっと最初は油断しちゃったけど。」
「あなたも・・そうなの?・・こちら側なの?」
「私はそもそも呪いとして生まれた。途中から入れ物になったようなあんたとは格が違う。」
里見はゆっくりと古川に歩み寄った。
「厭魅女。確かに強大で恐ろしいね。この世を終わらせるだけの呪いを持ってる。ただ・・終わらせてもらっては困るね。」
里見が笑顔で苦しむ古川の事を覗き込む。
「そんな・・ありえない・・!何故・・何故ここまで付いて来たの?」
「別に。何をしようとしているのか興味があっただけ。それがまさか・・絶魂の儀を私で行うつもりだったとは!馬鹿なの?ねえ、馬鹿なの?お前ごときが私にそんな事出来るわけないじゃん!騙された?ねえ騙された?ねえねえねえ!私、演技上手だったでしょ。最初から何から何まで乗っかるフリしてあげたんだよ?優しいでしょ、私。」
古川が僅かだが震えている。
「さ、里見さん?君は何を言ってるんだ?」
会話を聞いていた久城は、何が何だかといった面持ちであった。
「ああ久城さん、ごめんなさい。別に久城さんの事を騙すつもりは無かったんです。ただまあ、成り行きでこうなっちゃって。許して下さいね。」
「き、君は一体・・。」
「久城さんは呪いとか祟りとか信じないんですもんね。悪いんですけど、その話には正直ちょっと笑いそうになりました。いやいや、誰に言ってんだよって。」
「俺は・・。」
「あはははははははははは!久城さんもすごい強運をお持ちですね!」
古川が口元の血を腕で拭いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「呪いをばら撒く人間と二人も出会うなんて。こんな事そうないですよ!」
「何で立つの。寝ときなよ。無駄だよ。」
里見と古川が相対する。
「あなたには分からない。」
「は?」
「私は厭魅女として、この世界を終焉に導く!そのために私は生きてきた!必要とされてきた!絶対にあなたに邪魔させない!」
古川が両手を広げると、経を唱え始めた。それに合わせ、黒服達も同じ様に経を復唱し始めた。
「 南無滅業如来!南無光明金剛!南無八萬破障聖衆!一心頂礼!」
合唱のように皆が大声で叫んでいる。
「うるさい。」
里見がゆっくりと宙に浮き始めた。五~六メートル程浮き上がった位置で静止すると、里見は右手を古川達に向かってかざした。すると古川と黒服達が唱えるのを止め、皆頭を抱えて苦しみ出した。
「あっはははははははははははははははははははははははは!」
里見が高笑いを始める。頭を抱え苦しみながら、古川もゆっくりと宙に浮き始めた。そして里見と同じ高さで静止した。下で苦しむ黒服達の中に、頭が破裂し、吹き飛ぶ者が出始めた。
「ああああああああああああああああああああああああっ!」
古川が叫ぶと、大量の黒い影達がどこからともなく宙に現れた。もの凄い数の影の軍団が飛び回り、里見に向かって襲い掛かる。しかし、里見の周りには見えない玉のような物が存在しており、影達はそこにぶつかり、里見に触れる事が出来ない。
下では次々と黒服達が頭を破裂させ死んでいた。久城の顔も既に鮮血を浴び、真っ赤に染まっていた。
「俺は、一体何を見てるんだ。」
影たちが里見の周りにある透明な球体に張り付き、まるで黒い球体が宙に浮いているように見える。雨は豪雨のように降りしきり、落雷も激しさを増す。
里見は黒影達を前に、両手を前に伸ばし、手の平を広げた。
「終わり。」
里見がそう呟くと、影達は燃え上がるように煙を上げながら一気に爆発し蒸発した。古川はあっけにとられ空中で僅かにバランスを崩した。そしてその瞬間、里見と目が合った。彼女の瞳は一瞬で、呪いを降ろした。
古川の体から異音が鳴る。バリバリという何かが砕ける音と、ブチブチという何かが避ける音が一緒に聞こえる。苦悶の表情を浮かべ、地面に落下しながら古川は、里見の後ろに確かに見た。数え切れない程の数百メートルはあろうかという巨大な悪魔のような姿をした物達を。呪い達を。終焉達を。
全てが終わり、屋上は死体で溢れかえっていた。血と脳が混ざり合ったものが散乱しており、もはや辺りは血に染まった地獄の形相だった。
里見の足元には手足が千切れ、血まみれになり、もはや虫の息の古川が横たわっていた。
「すご、いです、さとみさん。」
「どうも。」
「そうやって、たくさん、ころして、きたんで、すね。」
「そこはご想像にお任せします。」
「な、んで。」
「うん?」
「わ、たし、をてつだ、って、くれな、かったん、で、すか?あな、たも、のろい、じゃな、いです、か・・。のろは・・なく・・ちゃ・・なんのた・・めに・・わたした・・ち・・は・・。」
里見は少し考えてから答えた。
「両親には生きてて欲しいの。あんたみんな殺しちゃうじゃん。それは困るの。」
その言葉を聞いて、古川は静かに涙を流した。そして息をゆっくりと吐いたかと思うと、そのまま息絶えた。里見は古川の最後を見届けると、深呼吸をした。
「えーっと、久城さん、います?」
「ここだ。」
全身真っ赤の久城が壁際にもたれかかっていた。里見は遺体の山をかき分けながら久城に近付いた。
「大丈夫ですか?久城さんを呪わずに避けるの地味に大変でしたよ。」
「それはどうも。」
「感想はどうですか?」
「潔く認めるよ。この世界には、呪いも祟りもあるんだな。」
「残念ながら。」
「それじゃあ、天国とかもあるのか?」
「それはどうでしょうね。気になりますか?」
「もしあるなら・・息子がそこにいると思いたい。」
「そうだといいですね。」
「さて、俺を殺すのか。」
「うーん、迷ってます。もういいかな。」
「殺さないのか?」
「もう疲れましたよ。それに久城さんが生き延びても、私が物理的に何かしたという証拠は何も無いので、罪を立証しようがないです。私の事は捕まえられませんよ。これはただの大量不審死事件です。スマホで隠し撮りとかしてないですよね?」
「してない。すればよかったな。」
「してたら終わってましたよ、久城さん。」
里見は久城に微笑むと、扉に向かって歩き始めた。
「でも、」
里見は止まって久城の方を振り返る。
「今後私に近付いたり、捜査するようなマネをしたら、容赦なく殺しますからね。一瞬で殺せますから。覚えておいて下さい。」
そう言うとまた里見は歩き出した。
「おい。」
久城が引き留める。
「何ですか?」
「悪いが救急車だけ呼んでくれ。」
「ここが何処かすらまだ分からないんですよ?」
「頼む。さすがに自力でここから出るのは無理だ。重症なんでね。」
「仕方ないな。期待しないで下さいね。」
そう言うと里見は去って行った。
一人残された久城は、雨が止んだ空を見上げた。
「さて、これはどう説明したものか。」




