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第五章

第五章



目撃者の証言 4

介護施設に勤務していて、こんな事は初めてでした。入居者のご年齢を考えると、確かにご体調を悪くされる方も少なくありませんし、朝起きてこなかった、という方も実際におります。


皆が自由に過ごすレクリエーションルー厶がありまして、そこである入居者の男性が窓に向かって独り言を呟いていたんです。気になってしまって、すぐに近付きました。


「どうかされましたか?」


と尋ねたんです。するとその方は


「見えないの?」


と私に聞いてきました。外には施設の駐車場が見えるんですが、その時は確かに誰もいませんでした。


「何か見えるんですか?」


とさらに尋ねると


「そうかそうか、私もそろそろお迎えが来たのかなあ。」


と残念そうに呟かれて、そのまま自室の方へ帰っていかれたんです。それから一時間後くらいですよ。その方が自室のベッドの上で亡くなっていたの。


最期に聞いた言葉がそういった言葉だったので、何だか怖くなってしまいました。どういう意味であの言葉を呟いたのか・・自分の死期が分かるなんて、そんなの病気以外でなかなかあり得ないじゃないですか。


※この男性は三日後、自身が働く介護施設で「黒い影が見える」と叫びながら、施設の駐車場に向かって飛び降り自殺を図り亡くなった。




テレビやSNSは大騒ぎとなっていた。


【速報 都内各地で同時多発の自殺・不審死。死者二千人超。警視庁が緊急対策本部設置】


【東京都内の複数の区において、同時多発的に大量の自殺および不審死が発生し、警視庁は午後三時すぎ、非常事態として緊急対策本部を設置しました。正午時点で、確認された死者数は二千五百人にのぼっており、今後さらに増える可能性があるとの事です。


被害が集中しているのは、渋谷区、新宿区、豊島区、杉並区などの主要ターミナルエリアおよび高層住宅地で、同一時間帯に高所からの飛び降り、焼身、溺死、服毒など多様な方法による自殺とみられる事例が連続して発生しました。また、一部では遺体の周囲で謎の人影を見たという未確認情報も入ってきております。


「何かに取り憑かれたような様子だった」「直前まで普通に会話していた人が突然ビルの窓から飛び降りた」など、様々な目撃者の証言により、集団心理または精神的な異常行動が疑われています。


また、SNS上では事件の前夜から「黒い影が部屋に現れた」「よく分からない音を聞いた」という不可解な投稿が急増しており、事件との関連性が調査されています。


政府は先程、緊急記者会見を行い、岸破総理が「未曾有の事態。すべての関係省庁と連携し、国民の安全を最優先に対応する」と述べました。


現在、警視庁が捜査・分析をしており、現場に設置された監視カメラ映像や携帯端末のログ、SNS上の動向などを元に、テロや新興宗教、心理的要因による集団自殺の可能性など、あらゆる角度からの捜査が行われているとのことです。


被害者の身元はまだ特定されていないケースもあり、今後の捜査・検証が急がれます。都民には、不審な行動をとる人物を見かけた場合は決して近づかず、すみやかに警察へ通報するよう呼びかけてます。】




里見は車の助手席から外を眺めていた。先程から小雨が降りしきっており、曇天の空模様は相変わらずだった。気のせいか、外を歩く人が少ないように思えた。


「人、全然いないですね。」


「実際いないのかも。」


ハンドルを握る久城の顔からは、見るからに焦りが見えた。


「大丈夫なんですか?いきなり行ったりして。」


「警察の人間がいきなり押し掛けたら、普通は驚くだろうね。でも、もうそんな事も言ってられない。あいにく俺の職場も燃えてしまった。」


「警察署って燃えたらどうなるんですか?」


「どうなるんだろうね。俺、今日非番だったんだよ。いても立ってもいられなくてつい来ちゃったけど。まさかこんな事になるなんて。まあ、これからの事はこれから考えるよ。」


閑静な住宅街へと車が入っていく。外には人一人見当たらない。突き当たりの道を車が左折すると、異様な光景が二人の目に飛び込んできた。何人かの人が、ある家の前に立ち並んでいる。皆、黒い布のようなものを着ているのが分かる。久城は車のブレーキを踏んだ。


「何ですかあれ。」


「俺にも分からんよ。でも誰の家かはわかるよね?」


「あそこなんですね、古川美倫の家は。」


雨が強くなってきているというのに、黒服の集団は微塵も動いていない。


「あれじゃあ家の前に車は停められないな。」


「どうしますか?」


久城は車を道の脇に停め、エンジンを切った。黒服達も車には気付いているはずだが、誰一人としてこちらを見ている者はいない。


「一緒に来てもらってあれだけど、里見さんはここにいてもいい。」


「そんな。ここまで来たら行きます。というかここに一人取り残される方が怖いです。」


「あそこに行けばどうなるか分からない。責任持てないよ、俺。」


「構いません。」


「わかった。何かあったら逃げてね。」


「そんな状況になったら、あの人達に捕まっちゃいませんか。」


「じゃあそういう状況になったら諦めて。」


「本気で言ってますか?」


「冗談だよ。俺が何とかする。」


里見はゆっくり頷いた。雨の中、二人は車を出た。久城は車に積んであったビニール傘を、里見は杉崎に貰った傘をさしてゆっくりと黒服達の方に歩み出した。二人が近付いてきても、黒服達はそのまま微動だにしない。彼らとの距離が残り五メートル程まで来て、久城は立ち止まり、自分の後ろにいるように里見に合図した。


「こんにちは、皆さん。雨の中こんな所で一体何をしていらっしゃるんですか?」


返事は誰からも返ってこない。


「失礼ですが、私は一応警察の人間です。」


警察手帳を取り出し、久城は黒服達に見せつけた。


「申し訳ありませんが皆さんはどこからどう見ても不審者集団です。立場上、話し掛けない訳にはいかないのでね。」


すると、久城の目の前にいた黒服の一人が二人の方を見た。久城はその顔に見覚えがあった。通夜の日、自分の横に座って会話をしたあの男性だった。


「おっと、あんたは見た顔だな。」


「帰りなさい。」


「何故。」


「ここに来てはいけない。」


「あんたらは来ていいのか。」


「我々は従者です。」


「従者?あの小娘のか。」


その言葉に反応して、黒服達全員が二人を見た。里見に緊張感が走る。


「これは失礼しました。呼び方が悪かったようですね。」


「何故あなたのような方がまだ。」


「まだ生きているって?」


久城はその男にギリギリまで近付いた。


「お前達が何かしてるってんなら、タダで済むと思うなよこの野郎。」


「久城さん。」


その声の主は古川美倫だった。傘をさしながら門の前に立っている。黒服達は彼女に対して一斉に頭を下げた。


「こんにちは。何かご用ですか?」


「ええ。君と話がしたくてね。」


「久城さん、怒ってますか?」


「まあそこそこに。君なら分かってるはずだ。」


「さあ、どうでしょう。そちらの方は・・」


古川は里見の方を見て、作ったような明るい笑顔を見せた。


「前撮りの時のカメラマンさんじゃないですか。こんにちは。まさか久城さんと一緒にいるなんて。驚きました。」


「私もあなたに聞きたい事があって来ました。」


「そうなんですね。」


「このままここで立ち話をするか、俺の車の中で話すか、もしくは急で悪いんですが家に入れてくれませんかね。」


「もちろんです。どうぞお上がり下さい。」


門をくぐると玄関までの間に豪勢な庭があり、大き目の木々や様々な種類の花が植えられている。その庭の中にも黒服の人間達が何人も立ち並んでいる。レンガでなぞられた道を三人は歩き、古川が玄関のドアを開いた。


「どうぞ、お上がりください。」


久城と里見はついに古川家に足を踏み入れた。


「こちらのスリッパをお使い下さい。」


言われるがまま足元に並べられたスリッパを履き、彼女の案内に従う。


「こちらです。」


二人はリビングに案内された。二十畳以上はあるであろう広々としたリビングで、対面キッチンの前には大きなダイニングテーブルが置かれている。白色の長いソファの前には巨大なテレビが壁に備え付けられており、窓際には背の高い観葉植物が飾られている。誰が見ても豪勢なリビングであった。


「こちらのテーブルでお願いします。椅子にかけて楽にして下さい。今飲み物をお持ちします。」


「結構だ。」


「そう言わずに。久城さんは・・ブラックコーヒーですね。カメラマンさんは・・。」


「里見です。」


「失礼しました。里見さんは?」


「何でも結構です。」


「では同じブラックコーヒーを入れますね。」


二人はダイニングテーブルのイスに座り、キッチンに行く古川を見つめた。


「ホット、アイス、どちらにされますか?」


「どっちでもいい。」


「決めて下さい。」


食い気味に古川が遮る。


「・・アイス。」


「私も同じで結構です。」


「分かりました。」


古川がコーヒーを注ぐ音が静かに響く。


「久城さんはガムシロップを使われますよね?」


「いらない。」


「そうですか。」


お盆に乗せたグラスが二人の前に運ばれ、古川が前の席に腰かけた。雨音が外から聞こえてくる。二人と古川はしばらく見合った。


「それで、今日はどうされましたか。」


古川が静寂を壊す。


「聞きたい事が山ほどありましてね。もう遠慮するつもりはないよ。」


「遠慮してたんですか、久城さん。」


「当然。君は余裕綽々としているが、あまり俺の事を舐めない方がいい。俺はこれまで君が何かしたとは断定出来ない状況だったから、一線を引いて接していた。でも、もうそういう訳にはいかない。今の都内の状況は知っているだろ?」


「はい。だから何です?」


「君が関係していると思ってる。」


沈黙が流れる。里見はじっと古川を見つめた。


「関係している、とは?」


「多くの人が亡くなっている。主に自殺。ありえない数だ。」


「だから?」


「俺は君と出会ってから異様な目にあっている。正直に言うよ。黒い影が見える。その影に触られもした。そして俺の目の前で大切な同僚が死んだ。自分で自分の頭をかち割って。それは君のご両親の・・あの通夜の夜のことだ。頭のおかしな連中に会ったあの夜の事だ!さっき外にもいたな、そういえば。家の周りにいるのはあの時の連中だろ。」


「何がおっしゃりたいんですか、久城さん。」


「俺は非現実的な事は信じない。でも、そういったことがもし存在するなら。」


「するなら何です?」


「元凶を潰す。そしてその元凶は君だろ。君が皆を死に導いている。こんな騒動が起こる前だって、一体何人が君の前で死んだと思ってる!」


「久城さん、落ち着いて。」


里見が久城の肩を触る。


「私もあの撮影日から・・あなたと出会ってから黒い影が見えます。信じられませんが、事実です。私の周りでも何人か亡くなっていて、それもあなたと出会ってからです。久城さんの話じゃありませんが、私もあなたがこの一連の出来事に関係しているのではないかと思ってここに来ました。」


「そうでしたか。里見さんには両親が申し訳ない事をしました。遅くなりましたがここで謝罪致します。申し訳ありませんでした。」


「ご両親の亡くなり方も、あれはその・・普通ではありません。あの日、スタジオに来た時から異様な雰囲気は感じていました。教えて下さい。何が起こっているんですか?あなたは何かを知っているんじゃありませんか?」


久城が鋭い目つきで古川を睨む。古川はすうっと深く息を吸い込み、静かに目を瞑った。


「答えてくれ。」


「私はただ、両親と家族写真を撮りたかったんです。大好きだった両親と。でも間に合わなかったんです。両親は耐えられなかった。亡くなるとは思っていましたが、ああいう亡くなり方をするなんて。タイミングも非常に悪かった。里見さんには本当に申し訳ない事をしてしまいました。」


「亡くなると思っていた、と言ったな?」


「はい。」


「何故だ。」


「分かるのです。」


「いよいよ胡散臭くなってきたな。」


「非現実的な事は信じない、でしたね。」


「そうだ。」


「では信じてもらうしかありませんね。」


リビングの壁に付けられた大きなテレビに急に電源が付いた。ニュース番組が流れ出す。


【臨時ニュースをお伝えします。東京都内の複数地域で、これまでに類を見ない規模の集団自殺および原因不明の不審死が相次いでおり、現在、死者は三千人を超えていることが警視庁の発表で明らかになりました。】


テレビ画面にら駅構内のテープで封鎖された出入り口や担架で搬送される人々、呆然と座り込む人々が映し出されている。


【突然人々が一斉に飛び降りた、電車が到着した直後に複数人が線路に飛び込んだ、といった証言が多数寄せられております。都心の主要駅や高層ビル、住宅街など、被害は百箇所以上におよんでいます。政府はこの事態を国内テロ、あるいは生物・心理兵器による攻撃の可能性も否定出来ないとし、防衛省の協力のもと、自衛隊がすでに都心部の封鎖と捜索を開始しました。都内の主要病院では、医療機関は完全にパンク状態にあり、現在は外出そのものが命に関わるとして、都民に自宅待機を呼びかけています。政府はこの事態を受け、全都道府県に警戒を発令。全国的なパニックの兆候も見られ始めています。この出来事の原因は未だ特定されていません。都内は今、崩壊しつつある前例なき状況に直面しています。このあと、政府の緊急会見を予定しています。テレビの前の皆さんも、冷静な行動を取り、不審な情報にはアクセスしないよう、十分ご注意ください。】


女性アナウンサーが話し終わると、テレビの電源が消えた。


「今どうやってテレビを付けた?」


「お分かりの通り、都内は大混乱です。そしてこの混乱は広がっていくでしょう。私がいる限り。」


「混乱というのは、死ぬ事か。」


「はい。」


「ふざけるな。」


「ふざける気などありませんよ、久城さん。私は選ばれし者なのです。終焉の。」


「終焉の?古川さん、あなたが何を言っているのか私にもよく分かりません。」


横から小さく笑い声が聞こえる。久城が苦笑いをしながら頭を左右に振っている。


「こんなふざけた戯言に付き合わなきゃならないのか、俺は。勘弁してくれ。終焉が何だって?」


「終焉。全ての終わり。でも仕方ないのです。私は選ばれてしまったのですから。」


「じゃあ何だ。君の力で人が死んでいるというのか?それが終焉だとでも?」


「そうです。」


「迷惑な話だな。」


「時間がかかりましたが、ようやく少しずつ呪いをコントロール出来るようになってきました。私の中から溢れ出る呪いが、皆を終焉に導いているのです。」


「いい加減にしないと警察のおじさん、堪忍袋の尾が切れるぞ。」


久城が不機嫌そうに椅子に深く座り込む。


「では久城さんはこの事態をどう説明するのですか?あなたが信じていない、非科学的な事以外で説明出来るのですか?どうです、してみて下さい。」


苦虫を噛み潰したよう表情で久城は古川を強く睨み付けた。


「私の中で目覚めてしまった以上、もうどうする事も出来ません。あとはただ待つしかありません。」


「目覚めたって、何がですか?」


里見が尋ねる。


「終焉なる呪い神、厭魅女(えんみこ)です。」


そう答えると、彼女は全てを語り出した。

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