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第四章

第四章



また娘の学校で事件があった。これまで何人も娘の前で怪我を負ってきた。そして今回はレベルが違う。亡くなったのだ。娘と同じクラスの女の子が、授業中いきなり窓から飛び降りたのだ。あまりに突然の事で、授業中だった担任の教師の方は何もする事が出来なかったという。


出来なくて当然だ。そんな事が起こるなんて、誰が予想出来るというのか。その日、当然学校は直ぐに閉校となった。事前に連絡が来たので、学校で何があったのかは知っていた。娘なのか。また娘なのか。


私は家で一人娘を待っていた。家事どころか何かに手を付けれるような精神状態ではなかった。ただソファに座って、じっとしている事しか出来なかった。まだだろうか。とにかく私は早く娘と話したかった。


ガチャという音が玄関から鳴った。


「ただいま。」


娘が帰って来た。私はすぐに玄関へと向かった。


「おかえりなさい。」


「うん。」


娘の様子は至って普通だ。靴を脱いでそそくさとリビングへと入っていく。私はその後を恐る恐る追う。


「聞いたわ、学校での事。大変だったわね。」


「別に大変じゃないよ。」


冷蔵庫にある麦茶を取り出して、コップに注ぎながら娘は答える。


「その子はお友達だったの?」


「うん。」


「その子、亡くなったそうね。」


「みたいだね。」


娘はごくごくとコップに注いだ麦茶を一気に飲み干す。


「ねえ、その・・どうしても聞きたいの。」


「何?」


私は娘の目を見て、はっきりと言った。


「あなたがやったの?」


娘は私の質問を聞いて、私の目を力強く見返した。


「私が?」


「違うの?」


私の背中に汗が伝うのを感じる。私は娘に怯えていたのだ。すると娘は


「ふっ。」


と鼻で笑った。


「だって。」


「だって?」


「嫌な事されたんだもん。」


娘は満面の笑みで私に答えた。


「だからって・・!」


「もういいかなって思ったの。」


「いいかなって?」


「いなくなっても。」



娘は昔から特別な力を持っていた。力というより呪いと言うべきか。娘がもっと小さい頃から異変は始まった。娘が保育園に通っていた時、娘のクラスの子供達全員が謎の高熱に見舞われた。集団感染かと思われたが、娘だけ何も無かった。娘に怖いねと言うと


「ぜんぜん。」


と言われた。理由を聞くと


「私がやったんだよ。」


と娘は答えたのだ。最初は一体何を言っているのか意味が分からなかった。だがその後も娘のクラスで他の子が怪我をしたり、迎えに来た保護者の方が娘が園内にいる時間帯に突然倒れたりと度々異変が続いた。


もちろんその時は、娘が何かしたなんて当然思わなかった。でも娘は次第にその【本性】を現し始めた。


「ねえ、お母さん。」


ある日、自宅にいる時の事、私が洗濯物を畳んでいる最中だった。


「あの人がどうなったかわかる?」


「誰の事?」


「まどかちゃんのお母さん。」


その人は園内で倒れた保護者の方だった。


「どうなんだろうね。何もないといいけど。」


「何かにはなってると思う。」


洗濯物を畳む手を止め、私は娘を見た。


「どういう事?」


「おまじないをかけたから。まどかちゃんのお母さんに。」


「おまじないって何?」


「お母さんにはわからないよ。」


娘は明るい表情で私に語りかける。


「教えて欲しいな、おまじない。どうなるの?」


「とりあえず、いなくなっちゃうと思う。」


「いなくなっちゃう?」


「うん。」


「いなくなっちゃうって、どういう事?」


「だからいなくなっちゃうんだよ、ここから。」


娘は淡々と話していた。私は異変を感じながらも、子供の話す事だからと話半分で聞いていた。


「お母さん、よくわからないな。」


「でしょうね。」


急に娘が別人のように冷たい大人口調で話したので、私は思わず驚いてしまった。私の知っている娘とは違うような、別人のような気配だった。私は思わず娘を凝視した。すると娘は見たこともない不気味な笑顔を作っていた。


「うふふふふふふふふ。楽しみだな。」


そう言うと娘はどこかへ遊びに行ってしまった。結局、まどかちゃんのお母様は心不全により亡くなった。娘の言った通り、本当にいなくなってしまった。



ある夜、娘の部屋から謎の声が聞こえてきた事もあった。私は主人と同じ部屋で寝ていて、その日の夜は主人は仕事で疲れていて、とても深く眠っていた。時間は多分夜の二時くらいだったか。主人と横並びでベッドに入っていた私の耳に何かが聞こえてきた。娘の部屋の方からだった。私はつい気になってしまって、ベッドから立ち上がった。


二階にある私と主人の寝室を出て、通路に出る。娘の部屋のドアが見えたが、なんと言えばいいのか。私からは何かがドアから漏れ出ているように見えたのだ。説明が難しい。蒸気のような霧のような、とにかくそういう類の何かが見えた気がしたのだ。ゆっくりとドアに近づくにつれ、聞こえてくる謎の声が少しずつ大きくなっていく。一体何の音なのか、まるでわからない。


ドアの前までくると、私はゆっくりとドアに耳をくっつけた。確かに声が聞こえてきた。でも、私は恐ろしくて震えが止まらなかった。その声はどう聞いても娘の声ではなかったのだ。男性のような声も聞こえるし、老婆のような声も聞こえる。その声達が何かを話し合っているようだった。「せんさい」という単語が時々聞こえてきた。私は混乱し、どうすればいいのか分からなくなった。


でも、ずっとこうしている訳にはいかないと思い、私は意を決してドアを優しくノックした。すると、ぴたっと声が止んだ。思わず私は息を飲んだ。そして戸惑いながらもドアをゆっくりと開けた。ドアの重さがいつもの何倍にも重く感じた。娘はベッドの上で正座をしていた。声は何も聞こえなかった。


「誰と話しているの?」


娘は私の方を向かなかった。


「教えて。誰と話していたの?何をしていたの?」


すると娘は私の方を急に向いて


「お前の想像もつかないことさ。」


と私に吐き捨てるように言葉を発した。その声は先程まで聞こえていた声だろうか。様々な声が何重にも重なって聞こえた。私は思わず悲鳴を上げて、その場に座り込んでしまった。私の悲鳴を聞いて、主人が寝室から飛び出してきた。


「どうした!?」


「こ、声が・・。」


私が説明がしようとした時には、娘は私達の目の前に立っていた。そして


「何してるの?」


と私達に問いかけてきた。その声はいつもの娘の声に戻っていた。




私の生まれ故郷は和歌山県南部にある小さな街だ。まさに田舎と呼べる山や森林、田畑に囲まれた地だ。時代が変わり、どれだけ新しい物が増えても、この場所の雰囲気が変わる事は無かった。


この土地には昔から迷信じみた話が多かった。『霊が集まる場所』、『神隠しの地』、『地獄との境目にある土地』。様々な呼び名を聞かされてきた。


私の家系は先祖代々この地を納める当主だった。だがいつなのかも理由も分からないが、その役目は無くなったという。でも私の曾祖母がある事を私が子供の頃に教えてくれた事があった。


曾祖母の家は山の奥深くにある古民家で、そこまで行くのがとても大変だった記憶がある。あれは確かに夏休みのある日。家族みんなで曾祖母の家に遊びに行ったある日。曾祖母は私に話してくれた事があった。


「いつかは必ずその時が来るで。今は時間稼ぎをしているに過ぎん。」


「時間稼ぎ?」


まだ幼かった私には何の事を言っているのか分からなかった。


「私の娘にも、孫にも話してある。だから曾孫のあんたにも話しとかなあかん。知っとかなあかん。」


私はただぽかんとして、曾祖母の話を黙って聞いた。子供ながらに大事な話をしている気がしたのだ。


「これまで抑えてこれたのは、あたしらのご先祖様たちが頑張ったからなんや。でもその頑張りは代を重ねることにどんどん薄くなっていってしまう。あんたで、もうぎりぎりや。」


「ぎりぎり?」


「人ごとぎがどうこう出来へんのや。本来どうすることも出来へんもんを、誰かを犠牲にして上手いことごまかしてきただけや。必ずツケが回ってくる。可哀そうなんはあんたらの世代やなあ。ひいばあちゃんは申し訳ないわ。」


「ちょっとお母さん!」


一緒に来た祖母が慌てて私のところにかけてきた。


「何を話してたんです?やめて下さい。」


私は祖母に抱えられて別のところへ連れて行かれた。その時の曾祖母の顔はまるで私を憐れんでいるかのようだった。


「ほんまに・・すまんな。」


曾祖母が呟いた気がした。



娘に異変が現れた時、私の中にこの頃の思い出が蘇ってきた。曾祖母はあの後すぐに亡くなり、私の中では遠い遠い存在となっていた。


『いつかは必ずその時が来る。今は時間稼ぎをしているに過ぎない。』


曾祖母のあの言葉が今になって脳裏によぎる。子供の頃に聞いたはずの言葉なのに、私は何故かはっきりと覚えていた。



主人と娘の事については何度も話した。主人は私の考え過ぎだと言った。疲れているんだよとも言った。でも私は、とてもそうとは思えなかった。だが主人もすぐに娘の異変に気付いた。


ある日、主人が幼い娘と二人きりで出掛けた時の事。家に帰る途中にある開かずの踏切で二人が電車が通過するのを待っていると、向かいに一人の男性が同じ様に電車を待っていたらしい。


男性は見るからにずぼらそうで、年齢はおそらく四、五十代くらいだったそうだ。その男性はタバコを吸っていたらしく、娘はその男性の事をじっと見つめていたという。すると娘は主人に


「あれって歩きタバコっていうんだよね?」


と聞いてきた。


「うん。」


主人がそう答えると娘は


「いけないんだよね、それって。」


とさらに聞いて来たらしい。


「そうだね。」


娘はそれを聞くと男性の事をじっと見つめながら


「じゃあ、いらないじゃん。」


と呟いたという。その声はいつもの娘とはまるで雰囲気が違ったようで、思わず主人は娘を見たそうだ。


娘は右手を少しだけ男性の方に向かってかざした。すると、男性は急に吸っていたタバコを自分の額に押し当てた。主人は驚いて、男性から目が離せなくなった。男性はタバコを自らに押し当てているというのにまるで無反応で、そのまま押し当て続けていた。そしてそのまま踏切のバーを下から潜り、線路の真ん中に立った。


主人は男性に叫んだが、男性は微動だにしなかった。そして娘はこう言ったそうだ。


「死ねよ。」


主人が娘に目をやった瞬間、男性に特急電車が容赦なく衝突した。男性は言うまでもなく即死だった。


「娘は呪われている。」


私は何てことを口にするんだと思ったが、事実そうだとしか思えなかった。主人も同じ気持ちだった。だからといってどうしたら良いのか私達には分からなかった。だから私達夫婦は娘と話す事にした。リビングに置かれたテーブルで、三人で。


「みんなを傷つけているのは、あなたなの?」


「うん。」


娘はすぐに返事をした。


「どうやって傷付けるの?」


私が尋ねると、棚に置いてある花瓶がいきなり割れた。私と主人は思わず声を出した。


「こんな風にする時もあるよ。」


娘は笑っているようで笑ってはいない、不気味な表情で私達に語り掛けた。


「どうしてみんなを傷つけるんだ?」


主人が優しく問い掛ける。


「だってできるんだもん。それに、私はそういう存在だよ。」


その言葉を聞いて、私はぼろぼろと涙を流してしまった。何という事だ。我が子は恐ろしい何かなのか。それとも何かが取り憑いているのか。それは分からない。でも普通じゃないのは確かだった。


その事実だけで私は悲しみに打ちのめされてしまった。娘は私を見てきょとんとしていた。何故私が涙を流しているのか分からないのだろう。


「もし誰かを傷付けているのなら、今すぐに止めなさい。」


主人が気丈に振る舞いながら幼い娘を諭した。


「なんで?」


「それはいけない事だから。」


娘は気のせいか、主人の事を睨み付けた気がした。


「いやだ。」


次の瞬間、私と主人は吹き飛ばされた。一体何が起こったのか訳が分からず、私達はフローリングに叩きつけられた。リビングにある物が宙に吹き飛ばされ、一気に地面に落ちる。まるでいきなり強風が吹いたような、そんな感じだった。


急いで娘の方に目線をやる。娘がいない。私と主人は本当に現実に起こっている事なのか、信じられない面持ちであった。気付けば娘は私達夫婦の真後ろに立っていた。私達を冷たい目で見降ろしている。


「頭が高い。」


誰とも知らない声で娘が呟くと、私達の体は宙に浮き、娘の方に体が回ったかと思うと、もの凄い力で地面に叩きつけられた。全身がびたっとフローリングに張り付く。頬が強い力で押し付けられ、激しい痛みを感じた。まるで大男に乗られているような、そんな感じだった。


「ううっ・・。」


主人も痛みに震える声を上げていた。


「私は私がやりたいようにやるんや。やいやい言うなや。」


また異なる声色で娘が私達に語り掛けてきた。私はついに耐え切れず、嗚咽を漏らしながら泣き叫んでしまった。この子の呪いは本物だ。普通じゃない。原因が何であれ、私の娘が異常だという事実が私を絶望させた。


気が付けば私達の体は解放されていて、体の自由が利くようになった。ゆっくりと起き上がると、娘はテーブルの上に腰かけていた。


「お母さん、今日の晩御飯は何?」

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