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第三章

第三章



里見はリビングの床に座り込みながらテレビに映し出されるニュースを無心で見ていた。昨日都内で起きた数多くの死亡事件を取り扱っている。すべての死亡事件には因果関係はなく、ただの偶然としか呼べない今回の事案に世間は沸いた。


何かの呪いではないか、実はテロなのではないかとテレビだけでなくネットやSNSは大いに盛り上がっていた。何せ自殺だけで百件を越えていた今回の出来事は、オカルト的な要素を感じさせるには十分であった。


昨日、自分の目の前で車にはねられた男性の事を里見は思い出していた。宙に舞い、激しく地面に叩きつけられ、鮮血が飛び散るあの光景がしっかりと頭にこびりついていた。


一体外で何が起こっているのか。自分にも何かが憑いているのか。里見はぐるぐると頭に疑問が回るのを感じた。


ふとスマートフォンを見ると平手からラインが来ていることに気付いた。


『体調は大丈夫?スタジオの事は気にしなくていいよ。本部と相談して、スタジオは一週間程閉鎖する事になりました。』


とても仕事の事など考えられなかった里見は少し安堵した。すぐに返信を打ち返す。


『ありがとうございます。とてもすぐにスタジオを再開するなんて出来ませんよね。平手さんも大丈夫ですか?あの後、警察の方達に色々対応して下さり本当にありがとうございました。』


『大丈夫。意外と落ち着いて対応出来たよ。』


レスポンスのあまりの早さに少し驚くも、里見は返信を続けた。


『本当に助かりました。私も事情聴取みたいなの受けましたけど、特に何もなく大丈夫です。』


『里見さん、仕事やめないでね。』


里見はスマートフォンを見ながら一瞬固まった。何を打ち返そうか悩んでいると、里見からのレスポンスを待たずに平手からまたメッセージが送られてきた。


『僕がいなくなったらスタジオを任せられる人、里見さんしかいないから。』


里見は文章を見て僅かに鳥肌が立った。恐る恐る文章を打ち込んで送信ボタンを押す。


『どういう意味ですか?』


『中川さんが死んじゃったらしくて。で、もうすぐ僕もいなくなるのよ。』


スマートフォンを凝視しながら里見は固まった。まただ。またなのか。里見は恐ろしくなったがそれでもレスポンスを続けた。


『何をおっしゃてるんですか?』


希望を込めて里見は再び返信ボタンを押した。すると次の瞬間、部屋のインターホンが鳴った。里見はびくっと体を揺らし、思わずモニターに目をやった。


誰かが立っている。ゆっくりと立ち上がりモニターに近付くと男性が立っていた。平手だった。里見の鼓動が早くなる。モニターのボタンを押し、平手に話し掛ける。


「平手さん、ですよね。何してるんですか?今連絡してたのに・・。」


「あのね、見てほしいものがあって。ごめんね、来ちゃった。」


落ち着いたトーンで平手が答える。ドアを開けるべきか里見は考えた。絶対におかしい。何かがまた起きている。


「すいません、今はちょっと。」


「そっか。わかった。ありがとね。」


そう言うと平手は後ろに振り返り、ゆっくりと柵をよじ登り、あっという間に飛び降りた。平手が画面から消えた光景を見て里見は呆気に取られた。


「えっ。」


何が起きたのかすぐには理解出来なかった。


「ああああああああああっ!」


里見はその場で叫び声を上げた。叫ぶ事しか出来なかった。嘘だ。きっとドアを開けたら平手さんがいる。そうに違いない。里見はそう強く思い、玄関の方へ向かった。


ゆっくりとドアを開けるが、そこには誰もいなかった。柵の向こう側、下の方から何人かの叫び声や騒がしい声が聞こえてきた。里見は拳を強く握りしめた。


数時間後には、里見の部屋の前で警察の現場検証が始まっていた。しかしながら特に変わった点はなかった。ただ男性がたまたま里見の部屋の前から飛び降り自殺を図った、というだけだった。ただ平手が里見の同僚という事もあり、里見の部屋で少しばかりの事情聴取が行われた。


「特に深い交友関係などはなかったということですね?」


男性警察官が里見に尋ねる。


「はい。何もありません。ただの同僚です。いきなり部屋の前に来て、飛び降りたんです。」


「そうですか。わかりました。ありがとうございました。」


男性はすぐに納得して、立ち上がった。里見はあまりの事情聴取の短さに驚いた顔を見せた。男性はその表情に気付いた。


「昨日から、こういった死亡事故が多発してまして。」


「何か・・何かあるんでしょうか?」


「わかりません。何もわからないんですよ。こちらも困ってましてね。ご協力ありがとうございました。」


一体何だというのか。この短い間に人の死を何度も見てしまった。四人もの人間が、この短い間で自分の目の前で命を失った。こんな偶然あるわけがない。


里見は考えを巡らせ、結果彼女に辿り着いた。古川美倫。彼女と出会ってからこんな事が続いている。間違いない。あの微笑み、あの立ち振る舞い、どれをとっても不気味だった彼女にはきっと何かあるに違いない。いてもたってもいられなくなった里見は、玄関にあった一本の傘を持って部屋を飛び出した。


エレベーターでフロントまで降り、入り口を抜けて地上に出た里見は、平手が落ちた場所を前にして立ち止まった。警察が綺麗に清掃していったが、濡れたように見える地面がより平手の死を実感させた。


そしてふと上を見上げた。自分の部屋の前からあの影がこちらを見下ろしていた。上半身を乗り出さんとばかりに大きく身を出している。里見はすぐに顔を背け、そそくさと歩み始めた。里見は何かを決意していた。




数日前に訪れた警察署に里見が着く頃には、空は曇天の空模様に変わっており、またいつ雨が降ってきてもおかしくない天気となっていた。普段近付かない建物を前に少し緊張した面持ちの里見であったが、決意は固かった。


自分のためには頼るしかない。このような異常事態に頼るべきは警察ではないかもしれないが、ここ数日の不可解な不審死が多発しているこの辺りなら、自分のような相談者が他にもいるかもしれないと里見は考えたようだった。


「里見さんじゃないですか。」


里見が横を見ると、少し離れたところから久城がやって来た。今警察署にやって来たようだった。この間里見に事情聴取をした時より、心なしか少しやつれているように見える。


「こんにちは。この間はお世話になりました。」


「いえ、こちらこそ先日は捜査にご協力いただきありがとうございました。今日はどうかされましたか?」


「あの・・。」


どう切り出せばいいか悩んだ里見は、手に持った長傘を差し出した。


「これを、先日お借りした傘を返そうと思いまして。この間の女性刑事さんはいらっしゃいますか?」


久城は傘をじっと見つめた。


「あの、どうかされました?」


里見の問い掛けに、久城は黙ったままだった。


「えっと・・。」


「杉崎と言いましてね、あの女性刑事。」


「はい、覚えています。」


「亡くなったんですよ。」


「えっ。」


「亡くなったんです。驚きますよね。」


里見はまたしても頭を殴られたようなを衝撃を受けた。一気に感情が溢れ出てくる。


「一体何が・・何が起きてるんですか?私、もう分からないんです。身の回りで人が、人が死ぬんです・・!こんな事ってありえないですよね・・!?」


つい声量が大きくなってしまう。しかし偶然か、周りには二人だけしか居なかった。久城は里見から目を逸らした。


「この間の写真スタジオでの話ですか。」


「それだけじゃないんです。その他にも二人、二人も私の目の前で亡くなりました・・!それに・・。」


「それに?」


信じてもらえるわけがない。それでも里見は意を決して話すことにした。話すという選択肢しかなかった。


「影が・・見えるんです。説明が難しいんですけど・・その・・人のような黒い影が見えるんです。」


久城は里見をじっと見つめている。


「信じられないですよね。わかってます。私も何言ってるんだろうって思います。でも・・本当何です・・すみません、こんな話意味がわからないですよね・・。頭がおかしいって思われても仕方ないです。」


「そんな風に思いませんよ。」


久城は里見を落ち着かせた。


「実は私も見たんです、それ。」


里見は予想外の返答に耳を疑った。


「見たって、何をですか?」


「だから黒い影ですよ。見ました・・ええ確かに見ましたよ・・もしかすると里見さんが見たやつと同じかもしれませんね。」


「刑事さんも?そんな・・一体。」


「これは二人揃って仲良く精神科にでも行った方がいいんでしょうかね?」


苦笑いを浮かべながら久城が頭を掻く。


「杉崎はね、私の目の前で亡くなったんです。いきなり自殺したんですよ。こう、自分で頭を地面に何度も打ち付けて。いきなりですよ、いきなり。そんな事する前兆なんてまるで無かったのに。」


「そんな亡くなり方・・。」


「異常ですよね。まだ通夜の日程も決まってないそうです。どうやら葬儀場がどこも一杯らしいんですよ。ニュースとか見てます?」


「はい。不審死が多発してるって。」


「それぞれの死に関係性は無くても、原因は同じだと思いませんか?」


「原因って・・そんなのあるんですか?」


「それを何としてでも知りたいんですよ。一応警察の人間なんでね。」



近くの喫茶店に入った二人は、面と向かいに座りながら黙り込んでいた。同じアイスのブラックコーヒーを頼んでいたが、久城だけはカップに容赦なくガムシロップを流し込んでいた。


「意外って言われるんですが、こう見えて甘党なんですよ。」


久城がマドラーでゆっくりとコーヒーをかき混ぜる。


「刑事さんは。」


「久城です。」


「失礼しました。久城さんはいつ黒い影を見たんですか?」


「杉崎が自殺する直前です。」


ずずっとコーヒーを飲みながら久城が虚ろな目で答える。


「確かに見ました。信じたくないですけどね。でも実際に見たんで、こればっかりは信じるしかないんですかね。いやあ、でもやっぱり信じたくないな。」


「信じたくないんですか?」


「当然です。非現実的な事は全く信じないので。でも実際に体験したら、普通はそうも言ってられませんよね。里見さんだって同じ様に見たと言う。こんな偶然、そうあるもんじゃない。」


「そうですね。私も確かに見ました。」


「里見さんはいつ見たんですか。」


「家にいる時に突然。あとは人が・・同僚が死んだ後とか。」


「私は杉崎が自殺する直前。里見さんとはタイミングが違いますね。」


「私も長い目で見れば人が死ぬ前に見た事になるかもしれません。影を見た後に人が車に撥ねられたりする瞬間を見たので・・。」


「そうですか。」


「私達はどうなってしまったんでしょうか。先程久城さんがおっしゃられたように、病院に行くべきなんでしょうか。」


「幽霊が見えると言うようなものです。信じてくれますかね。」


久城のアイスコーヒーを飲むスピードが上がる。


「里見さん、昨日この東京二十三区内でどれだけの人間が亡くなったと思います?」


久城の質問内容に里見は嫌な予感がした。


「分かりません。」


「五百人前後です。その内ニュースでも騒がれるでしょうね。今は情報規制を図っていますが、時間稼ぎにしかならないでしょう。」


「そんなに?」


「それもほとんどが自殺です。あとは事故死。事故死と言っても不自然なケースが多いですが。」


「何でそんな事が・・。」


「里見さんのような人も多くいるんですよ。」


「私のような?」


「黒い影を見たって人です。」


「他にもいるんですか?私達のような人が。」


「はい。これは口外しないようにお願いします。」


久城は一気にアイスコーヒーを飲み干した。


「里見さんは一連の出来事についてどう思います?これは事情聴取ではありません。おっさんの好奇心です。気軽に考えて下さい。」


里見は少し黙り込み、一口だけアイスコーヒーを飲み込んだ。


「私がこんな体験をするようになったのは、間違いなくあの撮影日からです。あのご家族を撮影した日から、何かが変わってしまいました。」


「家族というより、彼女ではありませんか?」


里見は久城に確信を突かれたような気がした。


「そうかもしれません。あの子・・。」


「古川美倫ですね。」


そう言うと久城は店員を呼び、アイスコーヒーのおかわりをお願いした。


「そうなんです。彼女ですよ。だからさっきあなたに声を掛けたんです。」


「どういう事でしょうか。」


「あなたは古川美倫と関わった。関わってしまった。他の人達とは違う。」


「古川美倫さん・・彼女が何だというんですか?」


「こんな事、絶対話してはいけないんですが・・もういいか。」


「何かあるのなら、教えて下さい。」


久城が頼んだ二杯目のアイスコーヒーが運ばれてくる。またしてもガムシロップを注ぎながら久城は続けた。


「一人の女子高生が自殺したんですよ。授業中にいきなり教室から身を投げたんです。彼女は教室の一番廊下側の席に座っていたんですが、いきなり立ち上がって窓に向かって走り出した。そのまま窓ガラスを突き破って、三階から地面に一直線。頭を真っ直ぐ下に向けてね。即死でした。」


「悲しい事件ですね。」


「彼女の名前は堀川咲さん。そして彼女の真後ろの席に座っていたのが古川美倫でした。」


「彼女と同じクラス・・。」


「その時はもちろん彼女に注目なんてしてません。もちろん捜査はされましたよ。いじめは無かったのか、家族関係はどうだったのか、結果は何もなし。堀川咲さんは前触れもなく、いきなり自殺したんです。」


里見はごくりと唾を飲み込んだ。古川美倫の目の前で自殺したのは彼女の両親が初めてではなかったのだ。


「で、次はそのクラスの担任。男性で名前は何だったかな。確か・・中村さんだったかな。私と同じくらいの年齢でね。その人も亡くなりました。」


「どうやってですか?」


「堀川さんの告別式があった翌日、電車に飛び込んでバラバラぐちゃぐちゃです。すいません、表現が不適切でしたね。」


「担任という事は、古川美倫さんの担任でもあったという事ですね。」


「そうです。まあここまでは教え子が急に自殺したから、責任を感じた教師か死を選んだ、でまあ通るんです。」


「そうではないと?」


「その後まだ続くんですよ。古川美倫の家、なかなかに豪勢な一軒家なんですが、道を挟んで目の前に自販機があったんです。その自販機に飲み物を補充する作業員の方が亡くなりました。」


「どうやってですか?」


「亡くなり方、本当に聞きたいですか?」


「ここまでくればもう全部知りたいです。」


「その道は少し坂になってまして。サイドブレーキを掛けずに車を降りて、道に寝そべってですね。ちょうどタイヤが顔の上を通るようにして。」


「自殺ってことですね。」


「そうです。しかも自殺があった時間帯、古川美倫は自宅に一人でいたんです。薄気味悪いのがですね、その作業員は自殺する前に、道の真ん中で古川美倫の家をしばらくじっと見つめていたんてす。近くの監視カメラにその姿が写っていました。」


「それは確かに薄気味悪いですね。」


「その後もまだ続きます。美容師の一人が仕事中に自殺しました。髪梳きバサミで自分の喉をグサリです。その男性の方は直前に古川美倫を施術していました。」


「そんな立て続けに・・。」


「まだまだありますけど続けますか?」


「もう結構です。ようは、彼女の周りで沢山人が亡くなっているんですね。」


「そういう事です。里見さんの目の前で起こった事が初めてではない。まさか彼女のご両親が亡くなるとはさすがに思いませんでしたが。以前からもちろん古川美倫には目を付けてはいました。とはいえ彼女が何かしたわけではない。」


「亡くなられた方の共通点は、彼女のそばにいた、という事ですか。」


久城はゆっくりと頷いた。


「では何故、私の周りでも人が死ぬと思いますか?」


二杯目のアイスコーヒーを半分程飲んだ久城に里見は問い掛ける。


「私だって色々考えましてね。ここからはおっさんの妄想です。推理じゃありません。」


「聞かせて下さい。」


「数年前にあったような・・つまり、伝染するとしたらどうです。古川美倫は死の病原菌を持っている。彼女に近付くと、それが伝染る。周りを死に至らしめる恐ろしいウイルスです。感染した者は共通して私達が見たような黒い人影が見えるようになる。そして感染者に近付いた者は死ぬ、もしくは同じ様に他人の死を招く存在となる。どうです?映画みたいでしょ?私、映画好きなんですよ。」


久城は半笑いで話してはいるが、眼差しは真剣そのものであった。


「辻褄は合いますね。久城さんのそのお話し。」


「全く、私がこんな話をする事になるとは。本気にしなくていいですからね。」


「じゃあ私達は感染者です。だとすると、私達の周りで誰かが死んでしまいます。」


「その可能性は大いにありますね。」


久城が二杯目のアイスコーヒーを一気に飲み干した。


「私思ったんですけど。」


「何ですか?」


「久城さんのその話、ウイルスではなくて、呪いでも通りますよね。死の呪い。死が広がっていく呪い。人から人へ死が移っていく呪い。私達は呪いのホストになってしまっていて・・。」


「里見さん、ご冗談を。私は呪いなんか信じません。」


「ウイルスの話と何が違うんですか?」


「ウイルスはこの世界に存在する。呪いは存在しません。」




二人が喫茶店から出ると、サイレンの音が近付いてきた。目の前を何台かの消防車が通り過ぎる。


「火事ですかね。」


消防車が向かう方向を見ると、空に黒煙が上がっているのが見えた。


「ちょっとすみません。」


久城がそれを見ると急に走って行ってしまった。


「え、久城さん!」


取り残された里見は、恐らく久城がそこへ行ったであろう場所に向かって小走りを始めた。あの黒煙が上がる方角を。


里見の予想はやはり当たっていた。あたりは野次馬で騒然としており、多くの消防車や救急車が停まっている。全ての窓から炎と黒煙が上がっているように見える。どうやら全てのフロアから火の手が上がっているようだった。


殺伐とした声や物音が響く中、警察署は炎の渦に飲み込まれていた。人混みの中、里見はようやく久城を見つけた。


「久城さん!」


「参った。これはさすがに参った。」


「ここも危ないかもしれません。もう少し離れた方が。」


「里見さんは信じるの?呪いとか。」


燃え盛る警察署を見つめながら久城が尋ねる。


「久城さんは、まだ信じませんか?」


その言葉で久城は里見をじっと見つめた。


「俺が見た影は、俺の腕を掴んだんです。あの感触は今でも覚えてる。」


「そうなんですね。」


「そろそろ信じちゃうかもな。呪いとか祟りとか。なんてね。」


叫び声が至る所から上がった。皆が燃え上がる警察署の方に目をやる。二人も同じ様に目線をやると、入り口と思われる場所から、火だるまになった人が、何人も何人も、並んで歩いて来た。全員とても美しい姿勢で歩いている。炎による痛みを全く感じていないとしか思えない。


「何ですかあれ。」


「多分・・同僚の誰かかな。」


燃える彼らはついにその場に崩れ落ちた。周りから聞こえる悲鳴がいつまで経っても止まなかった。


久城は何とか顔には出さなかったが、確かに見た。炎の中に立つ黒い影を。杉崎が自ら命を絶った時に見た、あの影を。それも一体ではない。割れた窓際に、湧き上がる炎と共に影がいた。見える限り、すべてのフロアの窓に一体ずつ影が立っていた。久城にはそう見えた。それはとんでもない数の影達だった。


「里見さん、もういい。もう行こう。」


「でも、良いんですか?」


「いいよ。さっきから署の誰とも連絡が取れない。これがどういう意味かわかる?」




目撃者の証言 3

友達との待ち合わせ場所に向かって歩いていたんです。いきなり目の前に人が落ちてきて、びっくりしました。丁度そこはマンションの前だったので、そこから落ちてきたのはすぐに分かりました。


咄嗟に上を見上げました。そうしたら、次から次へと人が落ちてくるんです。なんかもう地獄みたいな光景でした。


訳が分からなくなって、走って歩道の端に寄って、街路樹の下に避難しました。悪夢を見てるのかと思いました。次から次に人が地面に叩きつけられていくんです。あの音は思い出したくもありません。ありえないじゃないですか、こんな事。


体感時間は長かったですけど、多分時間にしたら十秒間くらいの出来事だったんじゃないかと思います。何人もの方が地面に転がっていました。


※この女性は翌日、飛び降り自殺に巻き込まれ死亡した。

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