最終章
最終章
【東京都心を中心に、ここ数日間にわたって続いていた大規模な自殺および原因不明の不審死の連鎖が、突如として完全に終息したことが確認されました。この異常事態は、わずか数日間で七千五百人以上の死者を出す未曾有の社会的惨事となりました。犯行声明や感染症の報告もなく、政府は現象の終息と判断し、緊急対策本部の一部機能を解除しました。政府は『原因は現在も不明』としながらも、感染・毒物・テロ等の外的要因の可能性は低いとの見解を発表しています。この現象がなぜ突如として止まったのか、原因を巡っては“宗教的な儀式が行われた”という未確認情報を含んだ不穏な噂も飛び交っており、SNS上では都市伝説めいた憶測が急増しています。】
和歌山市内の病院に里見の姿はあった。入院患者病棟に赴き、受付で教えられた病室を目指す。病室前の札には【里見】の名前があった。ノックをし、病室のドアを里見は開いた。
「やっほ。」
「恵里菜、よく来たね。」
「久しぶり。」
ベットで横になる母と、その隣に座る父親が暖かく迎え入れる。母は点滴をされていた。
「大丈夫、お母さん。」
「私よりそっちは大丈夫なん?東京、大変やったやない。」
「うん、大丈夫。」
「それなら良かった。何やったんやろうね、一体。」
「さあ、分かんない。お母さんはどうなんよ。」
「ぼちぼち、やな。」
「ぼちぼち、か。」
「お母さん、実は今さっき眠れるように睡眠導入剤を入れてもろてな。」
「なんやあんまり寝れてへんの?」
「目、覚めてまうねん。」
「それは困るなあ。薬でちょっとでも寝れたらええのに。」
「ほんまやわ。」
「お母さんはちょっと目瞑った方がええわ。少し早いけど、恵里菜と昼飯食うてくる。」
「奢ってくれるん?」
「こういう時はもう子が親に奢るもんやで、普通。」
里見は軽く談笑した後、父親と共に病室を出た。
「恵里菜、ちょっとええか。」
父親に呼び止められ、里見は二人で病院近くの公園にあるベンチに腰かけた。目の前では子供連れの親子が何組もおり、備え付けられた遊具で遊んでいる。
「お母さんは癌や。食道癌。」
「そうなんや、やっぱり。治るん?」
「五分五分やて。」
「五分五分って何やねん。」
「分からん。でも手術はするで。色々治療があるみたいやわ。」
「それは・・心配やね。」
少しばかりの沈黙が流れる。
「お前に聞きたい事がある。」
父親の話す雰囲気が変わった事を里見は感じ取った。
「東京での事、あれはお前がやったんか?」
「何を言うてるん。」
「答えてくれ。」
「何の事か分からん。」
「ニュースを見て思たわ。お前がやったんやないかって。あんな事、普通説明出来へんやろ。でもお前の仕業なら説明がつくわ。」
「だから、何の話しか分からへん。」
「隠さんでええ。お父さんは分かってる。」
「何を?」
「お前は最初からずっとお前や。お祓いなんか何の意味も無い。あれはお前の演技やろ?」
里見はしばらく黙り込んだ。
「私は何もしてへんよ。でも、終わらせた。」
「・・そうか。」
「・・てか気付いてたん?」
「当たり前や。父親やで。でも、お母さんは信じとる。お前が何かに取り憑かれてたって。悪さしてたんは悪霊のせいや、て。」
「そうなんや。」
「東京のあれは何や。お前と同じような感じか?」
「もう心配ない。」
「そうか。」
「なんか可哀想な子やったわ。何というか・・哀れというか。」
「子供がやってたんかいな。物騒な世の中になったもんやな。」
「ほんまやで。」
「お前、その子殺したんか?」
里見は答えない。
「・・昔からお前が変な子なんは分かってた。とんでもない恐ろしいバケモンやって。この際やから正直言うてええか?」
「うん。」
「お前の事を殺そうか、真剣に悩んだんや。ほんまやで。」
その言葉を聞くと、里見は軽く拳を握り締めた。
「じゃあ何で殺さんかったん?」
「愚問やな。」
父親が立ち上がった。
「腐っても、お前は娘やで。」
里見は父親を見つめた。
「でも、私はとんでもないで。お父さんが思ってるより、ずっと。」
「だから何なん。」
父親も里見の事を真っ直ぐ見つめた。
「さ、終わり終わり。飯行くで。腹減った。」
父親がそそくさと歩き出す。里見も後を追って立ち上がった。
「お父さん。私、ラーメン食べたい。」
「ラーメンか。ええな、そうするか。」
二人は並んで向こう側へと歩いて行った。
自宅に戻った里見は、帰ったその足で真っ直ぐ寝室へと向かった。ドアを開けると、冷気が漏れ出したような冷たさが里見を包み込む。どの側面の壁にも真ん中には、赤い墨汁で「千万災渦」と書かれた大きなお札が張られており、そのお札を中心に真っ赤な陣が描かれていた。
里見は部屋の中心に立ち、部屋を見回した。里見の頭の中に、父親の言葉が蘇る。
『腐っても、お前は娘やで。』
里見は自分の向かいにある壁に近付き、お札の前に立った。そしてそれを見つめると、ゆっくりとお札を掴んだ。
ふと何かを考えると、里見は僅かに微笑んだ。
完




