第7話 カスミソウパフェ ――「ありがとう」の数を数えたくなったら――
なんとなく、自分がここにいてもいなくても変わらない気がして。
その人は、ふとした瞬間に、自分の存在が薄く感じられていた。
そんな日、甘いものが欲しくなって喫茶クロノ・ロードに入る。
「今日は、何かお祝いごとですか?」
スイーツ担当のカスミソウが、ふわりと笑う。
その人は首を振った。
「別に、何も……」
「では、“ありがとうを集めるパフェ”はいかがでしょう。カスミソウパフェです」
ガラスの器の中に、アイスやフルーツと一緒に、小さな白い花の形をした飾りが散らされている。
「これを食べた日は、なぜか“ありがとう”を言ったり言われたりした場面を、ちょっとだけ思い出しやすくなりますよ」
半信半疑のままスプーンを入れる。
ひと口目は、やさしい甘さ。
食べ進めるうちに、ふと脳裏に浮かぶ光景があった。
(この前、書類を手伝ったとき、“助かった”って言われたな)
忘れていた声が、断片的によみがえる。
(前の職場で、休みの日に代わって出たときも、何度もお礼を言われた)
小さなことばかりだ。
でも、そのひとつひとつに、「ありがとう」の音が確かについていた。
カスミソウが、そっと問う。
「今日、一つだけでいいので、“やってよかったこと”を思い出せそうですか?」
「……そうですね。
この前、疲れてる人にコーヒー淹れてあげたら、喜んでくれました」
「すてきです。じゃあ、このパフェはそのことのお祝いですね」
半分ほど食べ終わる頃には、
“何もない”と思っていた今日の中にも、小さな「ありがとう」がいくつか潜んでいたことに気づき始めていた。
店を出るとき、カスミソウが小さく手を振る。
「今日一日の中で、もうひとつ“ありがとう”が見つかりますように」
その言葉が、どこかくすぐったくて、くすりと笑いながら、その人は帰り道を歩いた。




