第6話 蓮モーニング ――やり直したい朝の五分に――
朝が、ずっと苦手だった。目覚ましをいくつもセットして、全部止めて、気づけば出かける時間。
そんな自分にうんざりしていた帰り道、その人はふと「喫茶クロノ・ロード」の灯りに引き寄せられた。
閉店前の静かな店内で、淡い色の着物風エプロンの女性がカップを拭いている。名札には「蓮」。
「いらっしゃいませ。夜のクロノ・ロードへようこそ」
「あの……明日、早く起きたいんですけど」
唐突な言葉に、自分で苦笑する。その代わりに、蓮がふわりと笑った。
「まあ。それは良いご相談ですね。でしたら、蓮モーニングのご予約はいかがでしょう。明日の朝の五分だけ、起き上がりやすくなるかもしれません」
「モーニング……?」
「はい。朝に起きる理由を“仕事”だけにしてしまうと苦くなりますからね。少し、おいしい理由を足しましょう」
蓮は小さなカードを差し出す。
「トーストかバターロール。卵はゆで卵かスクランブルエッグ。小さなサラダと果物。明日の自分に、どんな朝ごはんを贈りますか?」
その人は迷った末、『トースト/スクランブルエッグ/サラダ/オレンジ』に丸をつけた。
「すてきです。では、明日の朝はこちらでお作りしてお待ちしています。窓を少し開けて空を見上げてから、いらしてください。それができたら合格です」
――翌朝。
いつものように「あと五分」と手を伸ばしかけて、カードを思い出す。
窓を開けると、ひんやりした空気と淡い光が流れ込んだ。
(せっかくだし、行ってみよう)布団から体を起こす。
喫茶クロノ・ロードの扉を開けると、香ばしい匂いが迎えてくれた
。白いプレートの上には、こんがり焼けたトーストとスクランブルエッグ、小さなサラダとオレンジ。
湯気の立つホットコーヒー。
「おはようございます。お約束の蓮モーニングでございます」
一口かじると、表面はさくっと、中はやわらかい。卵はやさしい塩気で広がる。
「こんなふうに朝ごはんを食べるの、久しぶりです」
「朝は、“はじまり”であり“やり直し”の場所でもありますからね」と蓮は雅に微笑む。
「毎日でなくてかまいません。“できた朝”だけを覚えておいてください」
会計を終えて外に出ると、いつもより少しだけ早い空が広がっていた。(今日の朝は、悪くないかもしれない)そう思いながら、その人は通勤路へ歩き出した。




