第4話 彼岸花ティー ――いらない予定をひとつ、手放す勇気を――
スマホのカレンダーは、色とりどりの予定でぎっしりだった。
画面をスクロールするたびに、その人の胸のあたりがなんとなく苦しくなる。
ふらりと立ち寄った喫茶クロノ・ロードの奥のカウンターで、彼岸花は静かに紅茶を淹れていた。
「お席、どうぞ」
促されるままに腰を下ろすと、テーブルにスマホを置いた音がやけに大きく響いた。
「……お忙しそうですね」
彼岸花の視線が、チラリとカレンダーに落ちる。
「空いてる日が、なくて」
ぽつりとこぼすと、彼岸花は目元だけで微笑んだ。
「でしたら、“間引き”用のお茶をお持ちしましょう。彼岸花ティーです」
赤い花びらを思わせる色の紅茶が注がれる。
湯気の向こうで、カレンダーの色が少しぼやけたような気がした。
「このお茶を飲み終わるまでに、予定をひとつだけ削ってみてください。大事じゃないものを、ひとつ」
「ひとつだけ、ですか?」
「ひとつだけでかまいません。そのぶん空いた時間には、何も入れないであげてくださいね」
カップに口をつけると、ほのかな渋みと、すっとした香りが喉を通り抜けていく。
スマホの画面を見下ろしながら、その人は指先を迷わせた。
習いごと、飲み会、オンラインイベント……
どれも「行かなきゃ」と思っていた。
(でも、本当に“行きたい”のはどれだろう)
じっと見ていると、一つの予定だけが、妙に文字が薄く見えた。
半分義務のように入れた集まりだ。
(……これは、消してもいいかもしれない)
思い切ってタップし、「削除」を押す。
カレンダーの一マスが、真っ白な余白に戻った。
その瞬間、胸の奥に小さな空気のポケットができたような気がした。
「できましたか?」
彼岸花の問いかけに、こくりと頷く。
「じゃあ、その余白は“何もしないための時間”にしてあげてください。
そこに何かを詰め込むのは……また今度悩めばいいですから」
帰り道、その人は白く空いたその一マスを何度も見返した。
まだ少し不安はあった。
けれど、どこかで楽しみにも似た感覚が芽生えている。
(何もしない時間、ってどんな感じなんだろう)
その答えは、きっとその余白の日に分かるのだろう。




