第9話 ガーベラソーダ ――はじめての五分を始めるために――
やりたいことリストだけが増えていく。
英会話、筋トレ、イラスト、動画編集……
でも、どれも「いつか」のまま、手がつかない。
そんな「いつか」を抱えたまま、喫茶クロノ・ロードに入ると、やたらカラフルな
POPが目に飛び込んできた。
『本日限定! “はじめての五分”応援ガーベラソーダ』
「やあやあ! “いつか”をいっぱい持ってそうなお顔ですね!」
元気な声と共に現れたのは、新メニュー担当のガーベラだった。
「図星、ですかね」
「ならガーベラソーダ一択ですよ。“今日のうちに五分だけ始める用”です!」
勢いに押されるように注文すると、
オレンジ色のソーダが運ばれてくる。グラスの縁には、小さなガーベラの飾り。
「飲み終わるまでに、今日のうちに五分だけやることを決めてください。
五分以上やっちゃってもいいですけど、ゼロ分は禁止です!」
「ゼロ分は禁止、ですか」
「はい。“いつか”を“ゼロ分”にしないためのソーダですから」
その人は、やりたいことリストを頭の中でめくる。
(全部は無理。でも、五分なら……)
迷った末に、ひとつを選んだ。
(前から気になっていたストレッチ動画、五分だけやってみよう)
そう決めた瞬間、ガーベラがぱっと笑う。
「今、決まりましたね? 顔に書いてあります!」
「そんなに分かりやすいですか」
「分かりやすいですよ。“始める人の顔”になってます」
ソーダを飲み干して店を出るころには、
その人の足取りは、来たときより少しだけ弾んでいた。
家に着き、スマホで動画を開き、五分のカウントダウンを押す。
思ったよりも体が硬くて、自分で笑ってしまう。
けれど、カウントがゼロになったとき、胸の奥に小さく灯がともったような感覚が
あった。
(とりあえず、“やってみた”って言える)
それだけで、明日がほんの少しだけ楽しみになる。




