そうだ 宝くじを買おう きっと当たるはず
奈津紀は親族との応対に疲れて控室を出た。式場に入ると誰もおらずロウソクと線香が短くなっていたので新しく立てた。最前列に座って父の棺を見ているうちによく聞く話が頭に浮かんだ。死んだ人間の魂は体から抜け出た後しばらくは棺の上空に留まるという。
「お母さんと二人で頑張っていくから心配しないでいいよ。私の声が聞こえたらロウソクの火を揺らして、お父さん」
式場の天井を仰いで言ったものの反応は期待しなかった
ところが風がかすかに通ってきてロウソクの炎と線香の煙が揺らめいた。
「お父さん、いるのね?」
奈津紀は両手を顔に押し当ててむせび泣いた。
この不思議な体験は葬儀を終えた後も奈津紀の頭を離れなかった。似たようなことが高校時代にあったのを思い出した。奈津紀には親しい友達が二人いて現在も同じ大学に通っている。その二人、亜紗子と瑠美が高校3年の時ある同級生の話題で盛り上がっていた。超能力があるらしいという噂の女子生徒の話だった。聞くともなく聞いていた奈津紀だったが数日後の昼休み、廊下の少し先をその子が歩いていた。
「あなたが超能力者なら振り向いてみて」
心の中でそう念じてみると彼女が首を後ろに振り向けた。そのことを奈津紀は3年ぶりに思い出したのだった。あの時はただ驚いただけだったが今にして思えばあれは自分の超能力だったのではないか。葬儀場の出来事と同じで私が念じたからあの子は振り向いたのだ。奈津紀はそう解釈して胸がざわめいた。
大学に復帰すると奈津紀は念力の強化に努めた。講義中でも学食でも誰彼かまわず見つめて自分を振り向くよう眉間に皺が寄るほど意識を集中させた。すると念を送る相手だけでなくその側の人間まで一緒に自分を振り向くようになっていった。自信を深めた奈津紀は発売中の年末ジャンボ宝くじを1セット10枚買って一心不乱に当選を祈願した。まとまったお金が入れば家計がどんなに助かるか。父の忌が明けたら母は働きに出ると言う。奈津紀も冬休みに入ると時給の高いところを選んでアルバイトを始めた。そして1週間が過ぎて年が明けた。年末ジャンボの抽選は大晦日にすんでいる。当選番号が掲載されている新聞を開いて奈津紀は手を合わせた。
「神様、お願い! 2等の1千万円でいいですから」
そう祈りながらもまず一番上の欄を見た。1等の当選番号は153893。奈津紀は連番で買った10枚の宝くじが入っている袋を開けた。最初の1枚の番号は……153890! 奈津紀の心臓がドクンと脈打った。1枚目をめくると2枚目は…153891、連番だから当然だ。次は……153892、そして次……奈津紀の指が震えた。
亜紗子が店内に入ると奥まった4人掛けの席には既に瑠美が座っていた。
「私もさっき来たとこ。奈津紀もエプロン外しながらもう上がりって言ってたからすぐ来るよ」
「奈津紀がバイトしてる焼き肉屋ってここだったんだ」
亜紗子はコートを壁に掛けて瑠美の向かいに座った。
「うん、でもおごるからって言われて来たけど甘えていいのかなあ」
「私は嬉しかった。私たちを誘い出すくらいに奈津紀が立ち直ったんだって思って」
「そうだね、お葬式のあとしばらくは目つきが厳しくて人を寄せつけない感じだったもんね」
「そうそう、にらみつけられてるみたいでみんな気味悪がって奈津紀が近づくと敏感にチラ見してた」
「それだけショックだったんだよ、お父さんが亡くなったこと。ちょっと責任感じるな」
「責任? 瑠美が?」
「お葬式の日、早く着いて式場の横手のドアを開けたら奈津紀が一人で座ってたの。私がドアを強めに引いたせいで祭壇のロウソクの火が揺れて、そしたら奈津紀、ビクッとして泣き出しちゃったんだ。それで中に入らずにそっと閉めて、あ、来た」
私服に着替えた奈津紀が肉や野菜を盛った大皿を運んできた。
「お待たせ。明日からの授業に備えてお腹いっぱい食べて」
「ありがとう。えっと、今日は香典返しってこと?」
亜紗子がトングで肉を網に載せながら奈津紀を見た。
「違うよ。年末ジャンボが当たったおすそ分け」
「へえ当たったんだ、すごい。まさか1等とか?」
茶化すように身を乗り出した瑠美に奈津紀はこともなげに答えた。
「そうよ」
「うそーっ! 5億円?」
瑠美と亜紗子は同時に声を上げた。周囲の客が一斉に顔を向けた。
「シーッ!」
奈津紀は慌てて人差し指を立てた。そして二人に顔を近づけた。
「番号は1等とドンピシャだったんだけどね、組違いで10万円ぽっきり」




