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第8話 志乃の相手はどっちなんだ会議

「壮介……」

声が震えた。

「久しぶり、志乃」

十年ぶりに聞く声。ちっとも変わっていなかった。

「なんで今更」

「ちゃんと話したいことがあって」

志乃は立ち上がった。窓の外を見る。月が出ていた。

「今更何を」

「市乃のことだ」

「市乃?」

「今日、会ったよ」

志乃の胸が締め付けられた。

「勝手に? 会ったの?」

「すまない。でも、ちゃんと理由がある」

壮介の声は落ち着いていた。

「俺、今ベトナムで仕事をしてる」

「ベトナム?」

「建築関係で、まあまあ成功した」

志乃は黙って聞いていた。

「借金のこと、本当にすまなかった」

「もう終わったことよ」

「志乃」

「なに」

「日曜日、会えないか」

志乃は考えた。会うべきか、会わざるべきか。

しばしの間をおいて、志乃は答えた。

「場所と時間をメールで送って」

「ありがとう」


土曜日夜、居酒屋。

志乃とまどかが向かい合って座っていた。

「いよいよ、志乃のバリキャリ復活ね」

まどかがビールで乾杯した。

「ありがとう。責任もあるけど、やりがいもあるわ」

「よっ、未来の女社長!」

志乃が笑った。

「昔も、そんなこと言ってたわね」

「昭和人間だから、サラリーマンになりたての時は必ず社長になるって誓うのよね」

「そうそう、数年も経つと完全に忘れるけど」

二人は笑い合った。

まどかが急に真顔になった。

「ところで」

「なに?」

「壮介から連絡があったって本当?」

志乃はこくんと頷いた。

「昨日電話があった」

まどかの目が見開かれた。

「それで?」

「日曜に会うことになった」

「大丈夫なの?」

志乃は焼き鳥を口に運んだ。

「大丈夫よ。もう終わった人だから」

志乃は淡々と答えたように、まどかには見えた。

本当に平静に見える。でも、それが逆にあることをまどかに予感させた。


金曜日の夜、新宿の居酒屋。

壮介は個室で待っていた。

ドアが開き、純が入ってきた。

「久しぶりだな、純」

「壮介さん……本当に帰ってきたんだな」

十年ぶりの再会。純は複雑な表情で座った。

「ビール、頼んでおいた」

「ありがとう」

ジョッキが運ばれてきた。二人は無言で乾杯した。

「単刀直入に言う」

壮介が口を開いた。

「志乃とやり直したい」

純はビールを置いた。

「志乃ちゃんは前に進んでる」

壮介は純をまっすぐに見ている。

「俺も変わった。もう失敗しない。志乃には迷惑をかけたと思っている。だから償いたい」

「償い?」

純は首を振った。

「志乃ちゃんは償いなんか求めてないと思うぞ」

「じゃあ何だ」

「何も求めてないよ。彼女は全部自分でやり遂げてるよ」

壮介は黙った。

純は続けた。

「ただし、そうだとしても。もし、志乃ちゃんがそうしたいなら、俺は応援するよ。市乃ちゃんも父親が必要だし」

「純……ありがとう、純」

壮介の目が潤んだ。


同じ頃、とある居酒屋で。

啓一と中川が向かい合っていた。テーブルには作戦ノートが広がっている。

「いいか、啓一」

中川が熱弁を振るった。

「女心は複雑なんだ。こう見せかけて、実はこうだったりする、そうじゃないときもある。しかし、また、多分そうである。」

図を描きながら説明する中川。矢印が複雑に絡み合っている。

「わからない」

啓一が頭を抱えた。

「だから、作戦が必要なんだ」

中川がページをめくった。

「作戦その十七、偶然を装った待ち伏せ」

「それ、もうやった」

「作戦その十八、具合が悪いふり」

「嘘はつきたくない」

「作戦その十九、ライバルのふりをした友人を投入」

「そのライバルが田中さんを好きになったらどうする?」

「まずいな」

「まずいよ、どうする?」

しばしの間をおいて、中川が声を潜めた。

「じゃあ、最終兵器を出そう」

中川が息を呑んだ。啓一も釣られて、息を呑んだ。

「それは……料理だ!」

「料理?」

「男の手料理。これは効く」

啓一が首を傾げた。

「でも、目玉焼きくらいしか」

「それだっ! ただし目玉焼きじゃなくて卵焼きにしろ。あれは奥が深い」

なぜか中川がガッツポーズをしている。

「日本一の卵焼きだ!」

「日本一?」

「田中さんは料理上手だ。並みの料理じゃ振り向かない」

啓一は考え込んだ。

「でも、どうやって食べてもらうんだ」

「それは……」

中川も詰まった。

二人は顔を見合わせた。

「とりあえず、練習だ」

「そうだな」

意味不明な方向に進む作戦会議だった。


日曜日午後二時、駅前のカフェ。

志乃と壮介が向かい合って座っていた。

「久しぶりね」

「もう十年経ってしまった」

壮介は志乃に、もらっていい?とアイサインを送って、志乃が頷くと、コーヒーにミルクを二つ入れた。二人が付き合っている頃と同じだった。

「ベトナムはどう?」

「暑いよ。そして活気がある」

「そう」

会話が途切れる。

壮介が口を開いた。

「志乃、本当にすまなかった」

「もういいの」

「君が借金を払ってくれたんだって?」

志乃は壮介の言葉を遮った。

「そのおかげで私の気持ちを整理できたもの」

「整理?」

「そう。あなたへの気持ちと過去を全部ね」

「やり直せないか」

「それはないわ」

即答だった。

「市乃のためにも」

「市乃のためなら、それは市乃の問題よね。市乃に相談して」

志乃は立ち上がった。

「じゃあ」

志乃が一度決めたことは、何があろうと変わらないことは、壮介もよくわかっていた。

「わかった。市乃の父親としてがんばるよ」

志乃は少し考えて、頷いた。

「それなら応援するわ。がんばって」


同じ頃、純のマンション。

まどかの呼びかけで、緊急会議が開かれていた。

参加者は、まどか、ミチコ、キララ、純、中川。

「すごいマンションッス」

キララが見回した。

「志乃ちゃんも辞めてなければ、俺より出世してたと思うよ」

純が苦笑いした。

まどかが口を開いた。

「今日は志乃の将来について話し合いたくて」

「どういうこと?」

ミチコが聞いた。

「壮介さんが帰ってきた」

全員が息を呑んだ。

純が頷いた。

「知ってる」

「え?」

「壮介さんから連絡があったのは五年前だ」

キララが混乱していた。

「どういうことなんですか?」

「壮介さんは自己破産の後、ベトナムで再起を図った。今は成功している」

まどかが考え込んだ。

「じゃあ、志乃と復縁する可能性が」

「志乃ちゃんが望むなら、市乃ちゃんのためにもそれがいいと思う」

純の言葉に、全員が驚いた。

「家族の再会だ。経済的にも安定する」

「でも」

キララが口を挟んだ。

「啓一さんだって真剣ッス」

中川が胸を張った。

「そうだ!啓一は日本一の卵焼きを作るって言ってるんだ」

全員が中川を見た。

「卵焼き?」

「男の手料理で勝負だ」

まどかが呆れた。

「それが作戦?」

「立派な作戦だ」

議論が白熱し始めた。


「でも、結局は志乃さんが決めること」

ミチコが冷静に言った。

「私たちは見守るしかない」

「そうね」

まどかも同意した。

その時、ミチコが思い出したように言った。

「そういえば、ものすごく大事なことを思い出した!」

全員がミチコを見た。

「志乃さんは毎年壮介さんの誕生日に、市乃ちゃんと二人で寿司屋に行ってるのよ」

「えっマジッスか?」

キララが驚いた。

「壮介さんが好きだった寿司屋。もう十年も続けてる」

みんなの心に衝撃が走った。

「まだ未練があるってこと?」

まどかも考え込んだ。

中川が青ざめた。

「じゃあ、啓一は脈なしなんでしょうかね?」

「陰ながら誕生日を祝うなんて、本気に間違いないッス」

キララもショックを受けていた。

「しかも市乃ちゃんと一緒に」

ミチコが続けた。

「家族三人の思い出の店らしい」

「それは決定的だな」

純が断言した。

「志乃ちゃん、まだ壮介さんのことを」

全員が顔を見合わせた。

形勢は一気に、壮介有利に傾いた。

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