第10話 どんな未来も楽しみ
一ヶ月後、ホテルの宴会場。
ホテルの宴会場は、純の結婚披露パーティーで華やかに彩られていた。新婦は三十代後半の優しそうな女性で、会場には温かい笑い声があふれている。
「ニセパパ、おめでとう!」
市乃が大きな花束を渡すと、周囲から拍手と歓声が上がった。
志乃のテーブルには、まどか、ミチコ、キララが座っている。一つ離れたテーブルには中川と啓一。
中川が啓一に小声で囁いた。
「卵焼き、持ってきたか?」
「そんなわけないだろ」
啓一は苦笑いを浮かべる。
「結婚式に卵焼きって…」
「チャンスを逃すな」
「もういいよ」
啓一は志乃のテーブルをちらりと見た。志乃は楽しそうに笑っている。その笑顔だけで、啓一は十分だった。
歓談の時間。市乃が志乃の隣に座る。
「ママ」
「なに?」
「ママもこういうパーティーの主役になると思ってた」
志乃は微笑む。
「そう?」
市乃は純夫婦のほうを見て言った。
「でも、しっかりお祝いする側にいるね」
「私らしいかな」
母娘は顔を見合わせて笑った。
その時、ミチコが二人の間に入ってきた。
ミチコは志乃の肩を優しく叩いた。
「わかったわ。志乃の気持ち」
志乃は少し驚いた顔をした。
「何が?」
「純さんを見てたら、結婚っていいなって思った。でも、志乃の選択も、私はありだと思った」
ミチコは純のいるテーブルに視線を向けた。
「誰かの奥さんじゃなくて、自分の人生の主役でいる。それも幸せの形よね」
志乃は静かに頷いた。
「そうね。結局、自分の人生は自分だけのものだもの」
市乃も二人の会話を、どこか誇らしげな表情で聞いていた。
パーティー終盤、志乃はバルコニーに出た。夜景がきらめき、風が心地よい。まどかとキララも続く。
「志乃、幸せ?」
まどかが尋ねる。
「幸せよ」
「本当ですか?いきなりエリアマネージャーに出世して、嫉妬や嫌がらせとか受けてないですか?」
キララが心配そうに聞く。
「ないない。みんな意外といい人ばかり。やりがいのある仕事があって、家に帰れば市乃がいる。それで十分よ」
三人は夜景を眺めながら並んで立った。
「恋愛はどうなのよ?」
「もういらないかも。でも、人生何があるかわからないし…」
志乃は以前のようにはっきり否定せず、冷静に達観した様子で答えた。
帰り道、市乃と並んで歩く志乃。
「ママ」
「なに?」
「滝川さん、いい人だね」
「そうね」
「付き合わないの?」
志乃は空を見上げた。満月が美しい。
「友達でいるのも悪くない」
少し歩いた後、志乃が笑顔で続けた。
「それにね、もしかしたら将来、社長を目指すかも」
「え、ママが社長?なんか楽しそうだね。だったら私は社長令嬢!?」
「そうなるかもよ。そのために、これからは家のことを手伝ってね」
市乃は笑いながら頷いた。
「わかった、社長令嬢として手伝う!」
志乃は思った。
(自由でいること。自分の人生を、自分で決められること。それが今の幸せ。だから、どんな未来も楽しみだわ)
(完)