マリアージュ
今回のシリーズは全体的に少し短いです
天の浮橋の名前は当たり前の事ながら普通の地図には載ってはいない。
この場所の正確な場所は言えないが、日本国内とだけ記載しておこう。
空から見ると王冠の様な山に囲まれた盆地になっており、その中心にある時刻館と館に寄り添うような小さな湖とそれらを包む深い森。
その深い森には切り裂いたかのような白い筋が山に向かって流れていた。
白い筋の正体は、真っ白な玉砂利を敷き詰めた車一台が通れるほどの道。
道は途中から湖から流れ出る小川と並走し、冠状になった山にある唯一の切れ目に繋がる。
その道は、天の浮橋と外界とを繋ぐ場所。
『葦原渡坂』と呼ばれていた。
道と山の境、道に寄り添うように流れる小川の岸には葦が鬱蒼と生えている。
昼に訪れればとても長閑な光景だろうが、現時刻は日付が変わる時間。
冠状に聳え立つ断崖絶壁の圧し掛かる様な存在感と相まって、絶対の拒絶感を放っていた。
それは仏教に伝わる結界と似た空間。
月明かりでほんわりと白く浮かび上がる玉砂利の道に黒い人影が五つ。
黒さは死神を思わせるような黒さ、見たもの目には白い玉砂利の上ゆえにその黒さは禍々しく映る。
それもその筈、黒い人影達の足には軍用のブーツ腰にはナイフと拳銃、頭にはスッポリ被った覆面と揃いの暗視スコープ。
見るからに戦う者の姿。
その怪しい人影の一人が唐突に頭──耳辺り──に手を当てる。
「はい──了解」
「何を了解したんですか?」
唐突に割り込む女性の声、訓練された動きで人影の銃口が一斉に声のした方へと向く。
人影達がいた場所からおおよそ5メートル、玉砂利を敷き詰めた道の真ん中に女がいた。
白いワンピースに黒い編み上げブーツ、長い黒髪に褐色の肌。
彼女は幾つもの銃口に晒されながらも口元にたえず湛えられた笑みを絶やさない。
この場においての彼女の笑顔は聖母を思わせるような優しげな物で、いささか場違いだろう。
そんな違和感を押さえ、誰かと話していた男が銃口を女の眉間から離さずに問いた。
「貴様…何者だ?」
「私は時刻館に住む、ただの住み込みハウスキーパーですよ?」
笑顔を一切崩さずに言い切る女性を、男はマスクの下で鼻を鳴らすように嗤う。
「馬鹿な事を。ただのハウスキーパーが、我々にこの距離まで接近に気づかせない事はおかしい」
「あらあら、自信満々ですねえ。ですけどこの距離まで近づいたのは事実ですし?」
コロコロと鈴が鳴る様に笑うマリアージュ。
人影達は戦慄していた、先ほどから人影へと放っている殺気と突き付けられている銃口。
それにもかかわらずに笑い続けるマリアージュに、彼らは逆に圧倒されつつあったのだ。
「さて逆に質問させていただきます。今宵この時間帯に当地に来訪予定の方はいない筈ですが…どなた様でしょうか?」
発砲。
銃口から弾けるマズルフラッシュ。
発砲した人影はマスクの下で口を歪める、それは仕留めた笑みではなく…恐怖を象った笑みだった。
「もう一度聞きます…どなた様ですか? 以前いらっしゃった桃山の方でしょうか? それともCIA? 原理主義の方?」
言葉は丁寧だが、女の言葉は人影達には一切届かなかった。
その視線は笑顔で語る女の目の前。
宙に浮かんだ縦に醜くひしゃげた弾丸。
その状況に人影達は同じ言葉が頭に浮かべた。
『能力者』と。