天の浮橋 後編 (エルフェルトの日常)
災難というべきだろうか?
異世界の勇者一行は、泣いて良いのか笑って良いのか解らなかった。
始めは彼らの世界の魔王城の王座へと続く扉を開けてから。
今までの城の内装とは違う、光に満ちた広大な空間、柔らかい白で統一された床石、そしてその中心に居る褐色の肌を持った女性。
最初は敵だと彼らは思っていた、自分達の世界において褐色の肌を持つ人間は大体が魔族だからだ。
だから、自分達はいつもどおり必殺の連携で攻撃した。
しかし、彼らにとって相手はとんでもない相手だった。
魔力や精霊を使うような力の収束も無しに、ノータイムで魔法使いが放つ炎球を同時に放った矢ごと見えないナニカで握りつぶしたのだ。
彼らの『常識』上においてありえない自体、動揺がチームの中に走る。
だが、そんな動揺を振り払うように『勇者』が前に躍り出た、ここで心を折られるのは得策ではないからだ。
勇者は共に出た戦士と共に、渾身の力をこめて刃を振り下ろす。
しかし、それはまたしても見えないナニカによって止められる。
勇者は一瞬死を覚悟し、それを打ち消すように動こうとしたその時、おかしな状況に持って行く者に出会う。
エルフェルトは、この世界のモノではない。
と言うか人ですらない。
その正体は虚空より生まれ、数多の世界を食い尽くした究極の炎神だ。
始まりは何もない場所、『無』より出でたエネルギー性の名も無い揺らぎだった。
それが何時しか爆発的に膨らみ、混沌の海に浮かぶ世界を食い成長し、意思を持った無形の神となった。
更に幾つもの世界を食い続けている、ある日彼は自分と違った方向で進化した神に出会った。
その神の名は『天之御中主神』と言った。
ゴウと何かが焼ける音と燃えた煙の中、勇者と呼ばれた男は体勢を立て直してバックステップで後ろに下がり様子をうかがう。
煙がはれる中勇者の目にはゆっくりとその頼もしいと思える背中が現れた。
上背のある筋肉質の長身、短く切りそろえたアッシュレドッシュと呼ばれたくすんだ赤い髪と合わせた様な鮮烈な赤色の服を着た男だ。
その男の向こうには先程までは大きさや幾つもの角をつけながらもかろうじて人型をしていたはずの巨大な化け物が、肉塊に触手をつけた姿を変え蠢いていた。
化け物はと言えば、焼け焦げ炭化した自分の触手を動かして動揺して居るのだろうか?蠢くばかりで動きは見られない。
その化け物と相対しながら背中を向けた男は、こちらも振り向かずに溜息交じりの声で勇者に問いかける。
「一つ聞きたい。何でこうなった?」
「えっと、そこで足滑らして気絶している子が」
勇者は少し離れた所で転がっているものを指差す。
それは和装の少女。
長く艶のある髪は放射状に散らばり、形の良く桜色の小ぶりの唇はだらしなく開けられていた。
所謂すっころんで頭を打ちつけ気絶している状態で情けないにも程があり、いつも通りなのは彼女の顔上半分を包む神代文字が書かれた包帯だけだ。
「それで?」
「此処の場所の意味を教えられて、俺らを帰す前に鍛えるからとか…今神々の中で流行の異世界転移育成系キタコレ!!とか言い出して…」
「もういい、聞いてて頭が痛くなってきた…なんで目も前の奴より味方の発言でSUN値を削られにゃならんのだ…まあいい」
男は目前の化け物の真正面に立ち、拳を握り肘を後ろに引き構える。
その構えは、鷲が空を飛び立つ為に翼を引き絞る姿。
「何処の神が作り出したか知らん。だが、この地においての争いは全て私に任されている。仮初の命と言えど全力で相手させてもらう…悪く思うなよ? 私の流儀だ」
瞬間、男が爆発したような音と粉々に砕け散った床石が舞い散る。
「何、一瞬だ」
瞬きよりも短いその刹那に男は化け物の懐(?)に入り込み軽く小突くようなショートアッパーを繰り出す。
すると、その殴られた場所を中心に化け物の身体が凹み軽く浮き上がる。
「さらばだ、十字砲火」
再び男が爆発したかの様に動き、その次の一瞬には化け物の身体が大きく抉れ崩壊していた。
あまりの速さに誰も見ることが出来ないその動き。
見ることが出来る人間が居たらその動きは、上下左右のコンビネーションからの右ストレートを見てボクシングの動きだと解るだろう。
「まったく、これがいつもの日常とは…いささか問題だ」
溜息を吐きながらは事後処理をするために男は訪問者達に向き合った。
時は少し経ち夜。
天に昇る月は三日月、周りに散りばめられた星が弱められた月の光の目を盗むように輝いていた。
そんな空の下の天の浮橋では…。
「あだだだだだっ!! えっエルフェルト痛い痛い遺体!!」
「ほう…まだ冗談が言えるとは、反省していないようだな…!!」
いつもの大広間の真ん中で二人の男女が取っ組み合いをしていた、いや一方的なお仕置きの様相を呈しているが。
一人は今は暴れまわった傷跡も無い大広間の、破壊の根源たる男・エルフェルトが、包帯の少女主神・観星にお仕置きアイアンクローをかけていた。
「あれほど後先考えて行動しろと言・っ・た・の・に!! 無節操に遊んで神の威厳を落とすとはどういう了見だ!! 後、あんまり下らん理由で私の手を煩わせるな!!!!」
「あだだだ、頭つぶれるって…味噌がっっっ味噌がでる!!」
そんな二人のじゃれあいのような物をよそ目に、マリアージュはお茶を入れながら呟いた。
「いつも通りの日常…ですね」