終末の日 前編
その日、世界の至る所で流れ星が見えていた。
それは一条の流れ星で、紅く禍々しさを感じる彗星。
それを夕暮れ時の街道で見たのは、王都で果物屋んやっていた男だった。
「なんだいありゃ」
「貴方どうしたの?」
「いや、ほらあれ見てみろよ。流れ星?」
果物屋の男は、ある日来た客に言われた事が妙に頭にこびりついていた。
それは現役の冒険者だった時に何度も救われたある種の危機予知だ。彼はその予感に何度も救われ、そしてパーティの仲間を救ってきた。
だからこそあの客が言った事は頭から離れず悩んだ挙句は、店をたたみ王都を離れる事。在庫の果物は自分達の分を残し、すべて売払い食料などの保存食に変えると仕入れ用の幌付きの馬車にいれ、仲間内の商売人達に忠告すると王都をすぐにでた。ちなみに妻は同じパーティの仲間でハーフエルフ魔法使いだった為に、彼の予感はよく知っているから話を聞いた後にすぐに旅の支度をしていたのでゴタゴタもなく街を離れられた。
「流れ星? 本当だ…紅い流れ星、とても不吉ね」
「ああ……っ‼︎」
「どうしたのっ⁉︎」
「とんでも無く嫌な予感がする……」
空を見上げれば紅い彗星は、一ヶ月前に旅立った王都の方へと流れていった。
果物屋の男は、それを見送ると一応逃げろと言っておいた商売仲間が逃げ切れれば良いなと考えながら妻の肩を抱き寄せ、馬車に入っていく。
果物屋の予感は正しい。
流れ星の正体は、チタンとタングステンをふんだんに使って製作された全長10メートル直径60センチ重さ10トンの巨大な槍だ。
風文は空間転移を使う輝夜を使い、これを地上1000000メートル上空からやや水平に打ち出した。
通常の流れ星であれば、星の大気などの圧力などにより燃え尽きるが、この槍は特殊な製法によって作られた合金で燃え尽きる事もない。さらに水平に打ち出した事により初速に自由落下の加速が星を一周する様に掛かっていた。その結果が煌々と紅く輝く流れ星だ。
流れ星は速度を上げる、その速度は秒速30kmと言うオリジナルの兵器を超えるスピードで、途轍もない運動エネルギーを内包して落ちる。
オリジナルの兵器の名前は神の杖、それを改造しオリジナルの数十倍の威力を叩き出すその行き先は、魔王の居城だ。
これには結果だけをだす。
魔王の居城はその下にあった城下の街ごと消え去った。
通常の神の杖ならば魔王の居城に風穴をあける位だったろうが、この兵器の恐ろしい所は落下する運動エネルギーが地表に当たった瞬間に衝撃波や熱エネルギーに変化するのだ。その威力は隕石の落下による被害と変わらない。
威力はTNT換算で約1000トン以上、それほどの威力を出す物が魔王の居城の基礎部分を通り過ぎ地下20メートルまで突き刺さり大爆発を起こしたのだ。
その惨状は想像に任せる。
これにより、勇者による魔王討伐と相まり魔族の数が急激に減る事となった。
しかし、この事は人類にとって些細な出来事だった。
魔王討伐、それは国家の威信や人類を守る為の戦いだ。
だからこそ、世界各地の国は何かしらの魔族対策をとるべく、資材であれ人材であれ自国を守る最小の力を残し前線の国へと送っていた。
国の名前はロクサーク王国、首都の名前はボリス。
それは地図から無くなる名前だった。
事は大量の鼠が街から逃げている事から始まる。街の中心にある王城から、溢れ出すかの様に大量の鼠が街から逃げていた。
大衆の人は最初は何事かと困惑したが、鼠と言う小さな生物が身を寄せあい脇目もふらずに何かに脅え懸命に逃げる姿から不吉さを感じていた。
そして誰かが声高に叫ぶ『逃げろ』と。
恐怖混じりの叫び声が引き金となったのか、動揺・困惑・恐怖が水面の波紋の様に広がり人々は恐慌状態に陥る。
沈む船から逃げ出す鼠の如く、人々は王都から我先に逃げ出す。一部の人間は、自分の家に逃げ帰り籠る。また別の人間は、火事場泥棒の様に店を荒らす。神に祈りを捧げる人間もいた。気が触れ笑う人間もいた。
それが最後の選択肢だと知らずに。
王城は緋色に染まっていた。
それは一人の男によって成されている。
王城の中を悠々と歩く金髪の男。黒のハイネックインナー、グレイのスラックスとジャケットに黒い縁取りをした深紅のロングコート。この世界の人間が見れば見た事がない装いをした青年だが、彼の左手が持つ刀がこの状況を作り出していた。
「オオオオッ‼︎」
周囲には鎧を着込んで完全武装の騎士が青年を囲こみ手に持ったハルパートで抑え込んでいた。その後ろにはローブを着込んだ魔法使いの一団がいたが、とある状況で大混乱に陥っていた。
「早く、早く強化魔法をかけろっ」
「ひっ、何でっ。詠唱も間違いない、魔力も通ってるなのに何で魔法が発動しない?」
「早く、こいつを抑えられっ」
魔法が発動したけど発現しない。その事で魔法兵団は大混乱。その隙を縫うように幾本かのハルパートが跳ね上がり、数人の騎士が鎧ごとなます切りにされる。
「惰弱な上に脆弱か、目も当てられんな。平和と勇者と言う力がある所為がこのザマか」
「きっ貴様良くも我等の仲間をっ‼︎」
「はっ、これは貴様等にとっての罰だ。ただ管になって惰性で生き、現状の改善も出来ない貴様等のな」
それ以上話す気が無くなったのか、風文は一本の懐剣を懐から取り出す。
途端、周囲の騎士団の人間は動きが鈍くなり、魔法兵団の面々は頭を押さえ倒れる。
「『響け』、術を破壊しろ北斗七星剣が一剣『文曲剣』よ。『共鳴』しろ、『武曲刀』貴様以外の武を許すな」
風文の声に応える様に懐剣から綺麗な音が響き、それに合わせる様に右手に持った刀が低周波音の低い音が鳴る。
「がっ、それ、は」
「八方塞に伝わる北斗七星剣の打ち二振り、あらゆる神秘や術を解析し操作する懐剣 文曲剣と運動エネルギーを中和する護刀 武曲刀。貴様等に使うにはもったい勿体無い代物さ」
さてと、呟きながら風文は刀を鞘に収め腰だめに構え、足を開き背中を丸めた。
手は軽く拳を握り、甲を柄にソッとあてがう。
「せめての手向けだ、奥義で果てろ」
騎士長は見た、それは明確な死に対して人の脳が見せる時間が引き延ばされた世界。鞘鳴り、風文の肩が開き、抑えていた刀が鞘滑りで加速、音速すら遥かに超えた刀身が消える様を。
「三剣神道流 飛の刃 円漣」
瞬間、彼を囲んでいた人間は一人残らず胴体から横に真っ二つに切り裂かれなき別れした。
コツコツと音を立て風文は歩く。
「参ったな、靴に血糊がついたか」
「ハァアアアッ‼︎」
袈裟斬りに振るわれるロングソードを最小の動きで避けると風文は、何事もないかの様に騎士の胸部に手を添える。
「新品なんだが、どうするかな?」
グシャリと騎士は鎧ごと胸部を潰され即死する。
死者八十六人、これが此処まで風文が来るまで積み上げた死体の数だ。
その道筋は緋色に染まっているが、風文自体には傷一つない、血が靴に少しついた位か。その状況に周りの人間達は恐慌状態となり、ほとんどは逃げ出していった。
先程から襲い掛かってくるのは、、胆力があり仕事に忠実な騎士達だ。しかし、それももう終わり。
彼の目の前には荘厳な両開きの扉。所謂王座に繋がる扉だ。
風文は両手を扉にかけると、壁に叩きつける様に激しく開く。
「やあ、初めまして。王様、終わりの時間だ」
そこには顔を強張らせた王と王妃、文官・近衛に勇者以外のパーティが戦闘態勢で彼を待ち構えていた。