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神遊び唄  作者: オピオイド
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教団にて 風神の心変わり

教団は大混乱に陥っていた。

一つは神託、神が信徒に対して託宣を行うモノで、この世界では頻繁にある普遍的なモノである。

その神託が、なくなって一ヶ月近く経つのだ。神を至上とする信徒にとっては、今まで道を指し示してくれた声がないのは焦燥と恐怖でしかない。

二つ目はマニファ教団のトップ教主をはじめとする、上層部の重なる病死。

教団の療法士による所、勇者召喚を行った影響を受け、病魔を呼び寄せた可能性があるとの事。その証拠に勇者召喚を行った司祭やそれを見届けた教主などが相次いで亡くなっているのだ。

そしてそれに伴う教団内の権力争いが激化していたのも要因の一つ。

三つ目は資料庫の大火災だ。

月の初めの大礼拝、教団本部の信徒が礼拝堂に集まり一斉に祈りを捧げるその時だった。資料庫の深部から白い煙が立ち上がったのだ。

神殿騎士などが気付いた時にはもう遅かった。火は資料庫全てを包み、煌々と火をあげていたのだ。





焼け落ち火が燻る資料庫の跡地で、神殿騎士をはじめとして様々な人間が瓦礫を撤去していた。

神殿騎士の一部隊を束ねるライスルは溜息を押し隠しながら、炭になった建材を掘り起こしていた。


「たく、なんでこんな無駄な事を…」

「騎士ライスル? どうかしました?」

「うひっいって、ウズーマ助祭、驚かさんでください。頭が硬いアレヒト司祭かと思いましたよ」

「ははは、アレヒト司祭は規律に厳しいですからな。でもあの方はアレはアレで素晴らしい方ですよ」

「いや、それは分かってるんですよ? ただ厳しすぎてですな」


自他共に厳しく清廉なアレヒト司祭は、いい加減な性格のライスルにとって鬼門の様な存在なのだ。


「まあ、相性もありますからね。アレヒト司祭と騎士ライスル、お互いの為に黙っておきましょう」

「ありがたい」

「所で先程、無駄と聞こえましたが?」

「ああ、それはですな。此方を見て下さい」


そう言ってライスルはウズーマ助祭を案内する。そこは火の元となった場所だろう、火の勢いが強かったのか真っ黒どころか灰になっている。


「コレは?」

「おかしいんですよ。オレ昔は王都の自警団にいたんですが、火事場にしちゃ綺麗に焼けすぎてる」

「綺麗に、ですか? 私にはよくわからないのですが」

「でしょうね。説明します、この場所を見て下さい。真っ白な灰になってますが普通の火事ではこんな風にはならないんです。火事が起こるとほら外側の建材の様に炭になるんです」


ライスルが指し示している場所は真っ白な灰が散らばっていた。


「確かに真っ白になってますけど」

「あんまり知らない事なんですがね。昔うちの爺さんが子供の頃、その当時勇者様に火事の事を教えてもらったそうなんです。その勇者様が言うには、炭は燃え残ったモノで灰は綺麗に燃え切ったモノらしいんです。俺はそれを昔から聞かされていたから分かるんですわ。これは恐らく、誰かがここに入り込み目的のモノを燃やしその証拠を消す為に資料庫ごと焼いたって。多分上層部が探してるのは、これじゃないか?」

「それは由々しき事態です、司祭様にはすぐに連絡を…」


事態の重大さにウズーマ助祭は踵を返し連絡しようとしてライスルに止められる。


「ウズーマ助祭、待ってくれ」

「騎士ライスルなんです? 私はこの事を司祭様に」

「だからこそだ。その話はアレヒト司祭だけにするんだ」

「はっ? それは何故?」

「……期待してるからだよ。ほら早く行った行った」


騎士ライスルには苦手なアレヒト司祭に期待をしていた。昨今の腐敗しきった教団の中で、清廉潔白を絵に描いたような人物だ。もしこの話を聞いたのならば彼の事だ、犯人を突き止め手柄を上げるだろう。そうしたら今始まろうとしている権力争いに、アレヒト司祭は一歩リードする筈だ。大司祭や枢機卿にアレヒト司祭がつく、そうなればいいと考えたライスルの拙い策であった。

ウズーマ助祭を無理矢理送り出した後、彼は鼻歌交じりに火災現場を片付けに戻る。


ウズーマ助祭の苦笑いに気付かぬままに。






「……」


空を飛ぶ黒い鳥、この地方では見ない珍しい種類。足早に歩くウズーマ助祭はその鳥を見て、眉間に皺を寄せ人のいない区画へと足を向けた。

中庭の中でも木の密集する場所に踏み入ると、『足が3本ある』黒い鳥が枝を掴み留まるところだった。

ウズーマ助祭は鳥を睨むと不機嫌な声色で鳥に話しかける。


八咫烏ヤタガラスはここじゃ逆に目立つから次から止めろ」

「ハハハ、そりゃすまない。分かり易くしようと思ったんだ、ここ一応神殿らしいし?」

「だったら尚更だ、私は目立たない様にしなければならないんだがな、風文」

「次はもっと分かりにくくするさ、細目」


睨み合う喋る鳥と助祭に変装している細目。

睨み合いは長く続くかと思いきや、細目の方から止めた。


「時間の無駄だな。しかし何の様だ」

「作戦の変更だ。大規模な破壊から、もう少し絞る事にした」

「………なにっ?」


あまりの事に細目の声が裏返る。

傍若無人と悪魔を掛け合わした様な人物が、怒りとともに立てた作戦を変えたのだ。下手な天変地異より珍しい事だ。

何があったと見る細目とその視線を躱す様に顔を逸らす烏。


「………」

「………」

「………」

「………輝夜の奴に涙目で頼まれた」

「………ブックックック……ククッアハハハハ」


理由を聞いた細目は一瞬キョトンとした後、堪えきれない笑いに吹き出した。


「ひっ百戦錬磨で、ククッ世界の特殊部隊が恐れる第三大隊の長が、ブフゥ少女の涙にやられるとはアハハハハッ」

「喧しい」

「いやいや、意外と情に溢れるいい話だと思うぞ」

「うるさい」

「この際だから二つ名がハートフル嵐神にして改心したらどうだ?」

「御免だね」


拗ねる様な風文に茶化す細目。場所が場所ならば、その光景に動きを止める人間がいるだろう。


「だいたい、今回用意した兵器の半分が使えなくなったんだ。あっちじゃBC兵器使えないからこの際だから使おうと思ってだんだよ、まったく」


用意していた兵器が使えずにブツブツ不貞腐れる風文に、細目は胸を撫で下ろしながら輝夜に賞賛を送る。

BC兵器とは、Bはbiological、CはChemicalを意味する生物兵器と化学兵器の略称だ。

化学兵器と言えば触れれば肌を爛れさせるマスタードガス、神経系に致命的な障害を引き起こすサリンやvxガスが有名で生物を殺すのに効率的かつ残酷な兵器。

生物兵器に至ってはもっと酷く、死に至る病をばら撒く兵器だ。使うものは様々で、軽いモノでインフルエンザなどの呼吸器に来るものから、過去ヨーロッパで猛威をふるい当時の人口を激減させた黒死病ペスト、紀元前からある非常に感染力と致死率が高い天然痘など。他には生物毒のポツリヌス毒素を使うのもあるが、話が長くなりそうなので割愛します。

ちなみにこれらの兵器は現代において化学兵器禁止条約で禁止されている。なぜならばこの兵器は簡単に人を大量に殺し過ぎるからだ。

そんな危険な兵器を、謀略のみで国一つを一人で滅ぼす悪魔の様な男が使うとなったらどうなるか?

火を見るよりも明らかだ。

だからこそ、細目はこの男のストッパーとなった輝夜に賞賛を送るのだ。


「せっかく、向こうの闇組織を潰したついでに押収した『ペスト・赤痢・天然痘』三種混合兵器は御蔵入かー」

「そんな危険なモノは焼却処分だっ」

「へいへい、仕方がないから処分するよ。…ところで、進捗は?」

「……全体の七割程だ。教団のトップと召喚に関係したモノは自然に見える様に始末した。資料室とその奥にあった召喚に関する資料と陣は焼き払って置いた、こっちは指示通り放火に見える様に綺麗に焼いた」

「了解。最低限の指示の後はそっちの好きに動いてくれ」

「……ふむ。では、今の上司を盛り立ててトップに据えても?」

「構わん。本来は世紀末さながらの世界で、暴動が起きた信者に殺される絶望の予定だったが、変わったから逆に必要になった。トップは清廉潔白なのがいい


そこで細目は、風文の今作戦の青写真が見えた。

恐らく滅びのシナリオは大まかにこうだろう。

最初は貿易を破壊か寸断、もしくは輸出元を破壊。

次に人類対魔族の争いを煽る為に、時に人類時に魔族側に立ち争いを行い、互いの陣営を疲弊させる。同時に政治・経済・宗教の主幹をガタガタに揺がし、機能を低下させる。

最後は、疫病を発生させる。

医療があまり発展していない上に神や魔法に頼り切った世界だ、地球で猛威をふるった最悪の疫病はこの世界では恐ろしい結果を引き出すだろう。たとえ治療法を見つけたり薬を見つけたとしても遅い

、あの嵐の神が見逃すはずがないのだ。


「まあ、計画は変更と言うのを伝えに来ただけだ。大まか流れは変わらないが最後の標的が違うとだけ伝えとく」

「了解。引き続き任務を続行する」


まったくと悪態をつきながら烏は紙へと変わる。細目はそれを拾い上げると、『カーン』と呟き紙を焼き払う。


「さてと、仕事だ」


次の瞬間には細目の顔付きが変わる。

そこにいるのは細目ではなく、アレヒト司祭に付き従う気弱なウズーマ助祭であった。

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