その因果はゆっくりと膨らみ続け
この世界においての大陸は三つあるが
、その大陸の中でも一際大きいのはエルテシア大陸になる。そのエルテシア大陸の中でもロクサーク王国は大陸の中央からやや西よりある大国になる。
この国は南にある農業大国ナイトローズ、北西に位置する鉄騎帝国フェルン、西にある自由商業都市同盟バーゼス、東南の亜人連邦ブリゲイドを繋ぐ交易の要所でもあり、北東にある魔族の国に対しての最前線でもある。
そのロクサーヌ王国の首都ポリスにある王城の一室で、豪奢な衣装に身を包んだ初老の男が顔を顰めていた。
「その報告は確かか?」
「間違い御座いません。商人のパント並びに数人の大店の店主にも聞いて回っても同じ答えが返ってきました」
「ぬぅ、南のナイトローズとの交易路にあるエルフの大樹海で大規模な火災。それに伴う樹海大結界による交易路の封鎖か……」
ロクサーヌ王国の王、スティング三世は思わず唸る。
何故ならば、この様な災禍がこの所連続して起こっていているからだ。
大きなモノで言えば、王国内の穀倉地帯でのイナゴの大量発生や北西部の森林地帯の長雨による山崩れなどだ。災禍は天災のみではなく、人災も含む王国内の犯罪率の増加や行方不明者の増加、新規ダンジョンの増加や謎のモンスターの発生などもある。
「大臣よ。これはまさか魔族の仕業では?」
「いえ、それはないかと。大樹海の方面を監視していた騎士の話によると、魔族の部隊は確かに大樹海に入ったのを確認しておりますが、その魔族の部隊は全滅している可能性が高いと」
「森や自然と共に生きるエルフが森に火をかける、かけさせる訳はない……か。やはり天災に魔族が巻き込まれたか?」
「それがですな、それには疑問が残る点がありまして」
「疑問が?」
「はい、それには騎士団長の報告を……団長」
「はっ失礼いたします」
上背が高い青年が部屋へと入室すると、王の前で一礼し頭を垂れる。
「にして、報告とは?」
「大火災のあった日、妙な男女の二人組を見かけたと報告がありました。そして火災の時に巨大な火柱が立ち昇るのを見た報告も多数あります」
「火柱だと?」
「はい、天も貫かんばかりの巨大な火柱と聞いております。樹海の端にある村長の話によれば戦争の時にでも聞いた事のない爆音の後、一瞬にして空が紅く染まったとの事で」
「……戦略型の魔法? 使ったのは怪しい二人組か?」
「申し上げますが、それはないかと。魔法院の方へ問い合わせましたが、戦略型の魔法に似た様な魔法があるにあります。しかし、使用には最低十人は必要とのことで」
「二人では足りぬか……しかしその二人組は怪しいな。騎士団に情報の徹底とその二人組の似顔絵を作る様に」
「はっ」
「大臣よ、南との交易路の封鎖による影響を急いで纏めよ」
「わかりました」
王は手短に指示を出すと、控えていたメイドに飲み物を頼むと椅子に深く身体を横たえた。
頭にあるのは最近の妙な忙しさだ。
数年から数十年に一度にあるかないかの災禍が一度に来たのだ、後の処理に忙殺されるのは仕方がない。
神の悪戯か試練か知らないが止めて欲しいモノだと王は深く息を吐く。
今度教団のトップと話してみるかと考えた所で思い出す。
「そう言えば、勇者の召喚からか忙しいのは」
「正解」
暗闇の中、部屋の中央にある机の上で掛け軸が淡く白く光っていた。
白い光の中では色が形を作り像を作っている。その像は遥か遠い王国の王城の一室。王が喋っていた一室だ。
「風文さん、これは?」
「うちの家宝の宝貝 太極図。本来の使い方は限局空間内の森羅万象を操作するモノだが、性質を利用して遠くの場所を遮蔽物を無視して監視できる様にしてある」
「とんでも宝貝がなんで……じゃなくて、何処の映像なんですかって事です」
「ん? 勇者召喚が唯一世界を救う方法なんて宗教団体に唆された上に、国益という免罪符に目が眩み、滅びの引き金を引いちまった愚かな王さ」
この世界には五柱の神がいた。四柱の神はスタンダードな地火風水の元素神、そしてそれを産み出した創造神という組み合わせだ。
全ての神には崇拝する信者がいて、宗教を形作っていた。それが件の宗教団体、主神マニファを頂きとする、マニファ教だ。
「確かに王国は魔族に攻め込まれていた。王国は魔族の土地と隣り合わせ、他の人類国家と十字路の真ん中にある様な場所の立地上、魔族を押し返す壁の様な役割を持つ。それ故に、対魔族国家同盟の盟主の様な立ち位置だ」
「難儀な国ですね」
「その様な立ち位置故に、国は長年戦争をしてきたようだ。しかし長年の争いで国が疲労していたのだろうな、今回の勇者の召喚から遡る2年前に大敗して多くの死者がでた」
勇者召喚の2年前、ロクサーヌ王国の北東にある大峡谷砦で行われた戦いは凄惨を極めた。タイミングが悪かったのもあるだろう、新兵だけではなく古参の将兵や指揮官など大人数が死んでいったのだ。
「輝夜、人一人を育成するにはどれぐらい金が掛かると思う?」
「どの位って………どの位ですか?」
「子供が大人になるまでいくら掛かるかを基準にして考えると良い。分かりやすく日本換算で言えば、約3000万になる。この世界の教育や生活形態はかなり違うから、一概に同じとは言わないが金が掛かるのは確かだ。それでだ、前回ロクサーヌ王国は大敗しかなりの新兵と将兵が亡くなった」
「成る程っ! 軍に掛けていたお金がパァになった訳だ」
「まあ、安直に言えばそういう事。こう言う時、普通は今ある駒を上手く使いながら起死回生の一手を探しつつ国力の回復を待つのが常套手段なんだが、ここで宗教の横槍が入った訳だ。いや、つけ入ったの方が正しいのかな?」
「いや、それで間違いない」
突然聞こえた第三者の声に輝夜が飛び上がる。
見れば暗い部屋の中に一際黒い影が壁際に立っていた。
気配すら感じさせずにいつの間にかにいた人物に、輝夜は思わず尋ねる。
「どっどなた?」
「……細目公一と言う、初めまして月の姫」
「帰って来たのか細目のおっさん、早速報告を頼むよ」
「お前と言う奴は……仮にも月の姫だぞ?」
「何? 旧い草としての血筋が疼く?」
「……横柄すぎると言いたいんだ。そもそもお前は………」
暗闇から現れたのは黒装束、いわゆる忍び装束と呼ばれる覆面に艶消しした黒の額当てをした男だった。
彼は細目公一、古くから連綿と続く忍びの技を伝え、権力者や要人に使える忍びの一族の人間だ。
その歴史は古く、聖徳太子の忍びを務めた一族だったと言うほど。
とまあ色々ある細目だが、輝夜にとっては見たまんま忍者であるから、そんな事はどうでも良い。むしろ、言い争いをしている二人が問題だった。
「ちょっと、言い争いはよして下さいよ〜。それより細目さんで良かったですっけ? 何か用があったんじゃ?」
「そうでした、報告があったんでした申し訳ありません」
「おっさん、権力者に弱いつーか。忍者ロールプレイ好きだな。てか報告はどうしたの」
輝夜が声をかけると公一は彼女に向き合うと、膝立ちで頭を垂れる。
その姿に風文は呆れ顔だ。
「やかましい、忍びは殿とか姫とかを主人にいただき、滅私奉公するのが普通だろーがっ。お前に報告する位なら姫にするわっ」
「俺、おっさんと付き合い長いけどまさかなー」
まさかの性癖と呆れつつ、風文は助けを求める輝夜に適当に相手してやってくれとアイコンタクト。
それに顔を引きつらせながら、仕方がないと輝夜は居住まいを正し口を開く。
「えーと、んっうん。それで、細目とやら報告は?」
「はっ、風文の要請で教団の本部に忍び込みました所、神託を文章化した書物庫を発見。そこを中心に捜索しこの様なモノを見つけました」
懐から取り出したのは1本の巻物、忍び装束で出されると大蝦蟇でも呼べそうと思いながら輝夜は巻物を受け取りそのまま風文に渡した。
「やはり神託があったか。この世界の神はろくな事をしない」
「という事は、神が主導という事?」
「いえ、それが一概に言えません。中を読めば分かりますが、内容は神は人が倒せないならば勇者の召喚を行う様にと」
「ならば……どういう事?」
「教団側は教団の権威を上げるため、王国側は起死回生の一手を手軽に打てる捨て駒を手に入れるためって所だろうな」
「おおむねが風文の言う通りでございます」
場に沈黙が落ちる。それは仕方がない事だ、人を救うと思って行った召喚ではなかったのだから。
細目はただ黙り、風文は静かに怒り、輝夜は人と言う存在に幻滅していた。
「……なんというか」
「他人をモノもしくは自分を引き立たせる舞台装置ぐらいにしか考えていないのだろうな。まあ、いい」
幻滅して胸がモヤモヤしていた輝夜だったが、風文の一言で一瞬で吹き飛ぶ。
「教団の方も同様にやらせて貰おうか。おっさん、恐らく教団の中で召喚を行う為の資料があるはず。それ全ての焼却と召喚をしる関係者のリストを頼むよ」
「わかった」
「命の代償、その恐ろしさを味あわせてやろう」
その静かな怒りと気配に、輝夜は寒気を覚えた。