煽る風
走る、走る、走る。
輝夜は能力者ならば強弱あるが誰でも使える励起法を低深度で発動して、山道を飛ぶように駆けていた。
「よっ、ほっ、とっ」
木の幹を軽やかに蹴り、所々に突き出ている岩を踏みしめ、時たま枝を掴み空を飛ぶ。
「うわっ、ちゃちゃちゃ」
そんな野生の獣すらも上回る程の動きをする彼女が突然進路を変える。何故ならば彼女のすぐ傍を、幾条もの氷の矢が通り過ぎたからだ。
「うひゃー、あっぶなー」
逃げ道をふさぐ様に飛んで来る弓矢を途中拾った小石で撃ち墜としながら、輝夜は軽口を叩き走る。
彼女は今、風文に頼まれた仕事をこなしていた。その仕事とは『エルフのいる森を襲っている魔王軍が戦闘している戦場にコレを放り込んで引きつけてこい』と言うものだった。
何か妙に簡単な仕事なので訝しんでいたのだが、的中したらしたらでヤッパリと納得してしまった。魔王軍どころかエルフも怒り狂って襲って来たのだ。
「ヤッパリ、これが問題なんだろーな」
そうやって持たされた幾つかの『取っ手にピンのついた缶』をチラリと見る。
輝夜は知らないだろうが、その缶は有り体に言えば手榴弾だ。しかも普通の手榴弾ではなく、対能力者戦 焼夷手榴弾 通称『ゲヘナフレア』。爆発した瞬間に特殊な化学薬品と燃焼剤を周囲10メートルに散布、周囲の酸素を一気に取り込み一瞬にして発生する3000度に近い反応熱で周囲を焼き尽くす。喰らったら最後、能力者といえども直撃したら肌が炭化する威力。普通の人間が喰らえば灰になる上に、もし燃焼しなくても散布された化学薬品が肌についた場所から腐食する2段重ねの威力だ。対能力者戦 爆烈閃光手榴弾 シャイニングフラッドと同時に開発されたものである。
そんな悪魔の様な手榴弾を森の中に陣地を敷いていた魔王軍の中に等間隔で20〜30個放り込んだのだ。
「しかし解せぬー。魔王軍は解るけど、何でエルフまで?」
『それはエルフだからっていう理由しかないな?』
骨伝導型ヘッドセットから声が聞こえた。
「えっ何で? 魔王軍に襲われてたんですよね?」
『君はトールキンスとかのファンタジー小説は読まないのかな?』
「いやー本は苦手なんですよ。特にファンタジー小説の類は」
『そうなのか?』
「母親の若い頃の話とか聞いたら嫌になりました」
『………それは、うん。大変だったな』
輝夜の母親はなよ竹のかぐや姫、当時の皇族を含む五人の貴人を散々振り回すだけ振り回して、最後には月に帰ると言う男性から見たら悪女の様な人物である。
ちなみに現代に時空間移動した後に、落ち着いてきた時に初めて読んだ話で、輝夜ら多大なショックを受けてしまい、もう二度ファンタジー物は読まないと決心した原因である。
「ほら何て言うか、月の女神とか一癖も二癖もあるじゃないですか? 同じ月の住人としちゃ見てて痛々しいんですよ……」
『あーすまんな、何かトラウマ抉ったみたいだな。まあ、そこは切り替え貰って良いか? 前方40メートル仰角20っ』
「っっ」
風文の警告と同時に倒れ込み、大地を削る様に岩の影に滑り込んだ。
『怪我は?』
「ないでーす。ちょっと擦りむいた位ですね。どっちかと言えば……まずい? のかな? 囲まれてる?」
『だな。分隊規模で囲まれている、さっきの攻撃は何かわかるか?』
「えーと」
倒れ込んだ場所を見れば、そこには大きく抉られた大地の裂け目があった。輝夜がスライディング気味に削った跡を合わせると十字架た。
「何か土が抉れている? 裂けてる? エライ事になってるんですけど」
『おそらく風の刃、現地の人間が使う『魔法』ってやつだろう。神に甘やかされている奴らの割にやるな』
「感心してる場合じゃないですって、一歩間違えれば頭と身体がさようならでしたよっ!」
『五分以内なら繋がる』
「………マジ?」
『マジだ。そんな事より、早く移動しろ。囲いが狭まってる、強行突破だ励起法の深度を2から3に引き下げろ』
「……死にますよ? 主に相手が」
励起法は以前から説明しているが乗数強化だ。強化率は深度で表し、身体の基本スペックの数値をNとするとNの深度乗数となり、基本スペックが指数関数的に引き上がる。
今の彼女は普通の女性の身体どころか、超人の女性の域に達している。瞬発力は野生のチーター並、持久力は馬並、頑健さは自動車並と明らかにおかしいレベルだ。
それを更に引き下げるのだ、恐らくは走った時点で人が普通に対処出来るスピードは超えているだろう。
「多分ぶつかったら、ダンプカーに轢かれた様になりますよ?」
『構わんやれ。相手は魔法をメインアームに使う事から魔族だろう、話によれば普通の人間より頑健だから簡単に死にはしないさ。それに援護要員が来た、花道を作る』
「はーい、了解」
風文の指示に、仕方がないなぁと輝夜は溜息を吐きながら岩の影で軽くストレッチすると、励起法の深度を2から3へと一気に引き下げる。
次の瞬間、ズドンと言う爆発音と共に輝夜の姿が土煙に消えた。
彼女が攻撃されたかと言われれば違う、輝夜が身体の瞬発力全てを使い踏み切ったのだ。
急激に後ろに流れる風景、前方には炎やら氷やら構える集団が手ぐすね引いて待っている。おそらくアレが魔法使いか魔族で構えているのが魔法なんだろう。
魔法って夢がないなぁと心の中で呟きな、目の前に瞬間移動さながらに現れて驚く魔法使い達を見据えながら、輝夜は腰を落とし指先を大地につける。
ソレはいわゆるクラウチングスタートの体勢、異世界の魔法使い達には突然現れ妙なポーズとしか見られないその格好に、動揺と警戒の色が浮かぶ。
そしてその動揺と警戒の一瞬が、彼らの命取りで輝夜の好機だった。
『ヴンダーバール‼︎ フォイエルっ‼︎』
イヤホンからの風文の賞賛が聞こえた次の瞬間、輝夜から一番近い魔法使いの頭が水風船の様にパンッと弾け飛んだ。
輝夜は何があったかと驚くより前にクラウチングスタートの体勢で溜め込んだ身体のバネを開放する。
再び捲き起こる爆発音と舞い上がる土や枯葉。それに紛れる様に、輝夜は地面スレスレを飛ぶツバメの如く走る。
魔法を放とうとした瞬間に起こった惨劇に、魔族の意識は頭を弾けさせて即死した魔族の男を見てしまって、一瞬だけ意識を逸らしてしまっていた。その一瞬の隙間に輝夜は走る、慌てて待機させていた魔法を魔族達が放つがもう遅い。走り出した次の瞬間にトップスピードまで駆け上がり、秒速100mを軽く超え維持出来る彼女には誰にも終えるはずがない。
魔法によって打ち出された攻撃は空を切り、輝夜は最短の直線距離を走り抜ける。途中に何人かの魔族が立ちはだかろうとするが、輝夜が走り込むその度に頭から血の華を咲かせていく。
しかもだ、弾ける頭より遅く聞こえる銃声の連続音から、かなりの遠距離からの狙撃。頭が一撃で弾け飛ぶ威力も考えると、大口径の銃火器だ。
そんな事も知らず輝夜は走る、予定された窪地へと。
その輝夜から離れる事、3km先の切り立った崖の上。その場所から轟音と、流星が降っていた。
「婆さん次々と打込め」
「あたしゃまだババアと呼ばれる歳じゃないよっ‼︎ まったく……アレク、仰角15 距離2030から5づつ減らして四つっ」
「………ラジャ」
風文の指示に従うのは、歳は40半ばを過ぎた眼帯をした観測手の女性。もう一人は10歳程のくすんだ金髪をした無表情の狙撃手だ。
彼女達は磁力線を読む能力者『コンパス』の石田絵美と、周囲の環境データから弾道計算を行い必ず目標に当たるラインを見る『ラインメーカー』のアレキサンドル・石田のスナイパー親子コンビ。(いつかの影法師・室内狙撃を参照)
「四年振りの仕事が異世界たぁ頭が痛いねぇ。アレク、あの嬢ちゃんの進行方向にいる奴らだ。距離1900 仰角14 左に2」
「ラジャ」
少年が構えるのは身の丈を超える化物の様な巨大な銃だ。アレクの身長140cmを大きく超える巨大な銃で、反動を抑えるためのライフルの重心は完全に大地に固定されている。
「……戦線が切れた。アレク弾倉を交換しておきな。にしても、良いのかい? 私達にこんな危ないものを渡して?」
「構わないさ。契約はキチンと交わしてる、儀式契約だから、破ったら怖いぞ?」
言われて石田は苦虫を噛み潰したかの様に顔を顰める。
「ちっ、相変わらず食えない男だね。困った顔の一つぐらい出したらどうだい? 若くて可愛げのない若社長だ」
「上に立つと弱味は見せれないものだろ? それと、弱味を見せるのは口説く女だけで良いさ」
「……あんた、タチが悪いよ」
「ははっよく言われる。まあ、俺自身はあんたらを信じてるから気にすることはないさ」
「…ホントに、あんた……本当にタチが悪い」
明け透けに信頼を寄せる風文に、石田は頭を抱えるしかない。
「はっはっは。まあ、危ないものって言っても、こいつは試作品だからな」
「試作品? こいつは、かなりの性能だけどね?」
石田がトントンと叩く銃、全長1500mm 重さ20.45kgの巨大な銃だ。初速は1000m/s 有効範囲3000m、ここまでの威力だと小さな大砲である。
「試作品だよ、プロトタイプ。……イ○○ス軍の……」
「っ‼︎ あんた、本当に大丈夫なんだろうねぇっ」
「大丈夫、大丈夫。盗んだ痕跡なんて残してないから」
「心配しかないわっ……ところでアレク、あんた何してるんだい?」
ふと気付けばアレクは銃を拭きながらウットリしていた。
「メルを拭いてた……ほらカッコよくなったよエミ」
「…………ちょいと若社長、あの子どうしたんだい?」
「北欧メーカーが作った銃なんだがな、正式名がメルクリウスで愛称がメル。なんつーか業が深いな」
「どういう事なんだ?」
「四年間 普通に育てて 銃マニア 字余り」
「どうして、こうなったんだろうねぇ」
実は彼女達二人は四年前に風文に負けて捕虜として捕らえられていた。
普通の戦場ならばよくて戦闘後裁判、悪くて射殺、スナイパーであればさらに酷い死に方をする場合がある。
しかし二人は捕まっただけで、色々な制約があったがすんなり解放された。いや、アレクは小学校に入れられたから微妙だが。
「子供は何処で知識を仕入れるか分からんからな」
「そういう問題じゃないと思うが……ん、若社長っ‼︎」
「解ってる。やはり固定するから移動出来んのは問題か。狙撃地点が簡単にバレる」
「運用が違うんだよ。数は10っ‼︎ どうするんだ一体っ‼︎」
「そりゃ、こうする」
三人は追い詰められようとしていた。発砲音に派手なマズルフラッシュは、狙撃地点は簡単に割り出せる。魔族も流石に対応がわかる、狙撃手を潰し走り回る輝夜を包囲すれば良いのだ。
しかし、その認識は能力者達相手では甘い。その証拠に風文達は、口ではドタバタしているが見た目は慌てていない。
むしろ余裕を持って風文はポケットから取り出したスイッチを親指で押し込んだ。
ズンと身体に激しく響く音にアレクは堪らず耳を塞ぐ。石田が周りを見ると、崖に続く森のあちこちから火の手が上がっていた。
「トラップかい」
「常套手段だろ? 対能力者用地雷の『鳳仙花』。同じく対能力者用衝撃地雷『インパクト』。『ゲヘナフレア』の残りも全部仕掛けておいた」
「なんて酷い」
ゲヘナフレアはともかく、鳳仙花とインパクトは石田でも知っていた。鳳仙花は跳躍地雷を二回り大きくした物だ。この地雷は発動すると1.5メートル程跳び上がり爆発し小さな鉄球を全方位に打ち出す物だが、鳳仙花は鉄球の量が1.5倍、爆発力を4倍に調整されている。かすっただけで大怪我する恐ろしい兵器である。
インパクトも恐ろしく、形状と性能は普通の地雷と変わらないが踏んだら最期、強烈な衝撃波が周囲に撒き散らされ、踏んだ人間は全身の骨と言う骨を粉々に砕かれ周囲の人間は三半規管を激しく揺らされ動けなくなる。
ゲヘナフレアは言うまでもない、そしてそれをうまく連携をとるように仕掛けたと風文が言った結果は。
「地獄の阿鼻叫喚? いやまさにゲヘナだねこりゃ」
木々が開けた崖以外はすべて紅に染められていた。インパクトによる足止め、ゲヘナフレアによる火攻め、そしてトドメが鳳仙花による範囲攻撃だ。
包囲する為に等間隔に詰めて来ていたのも致命的だ、爆発に包囲していた魔族達は綺麗に罠にハマっていた。
「ん? 抜けて来たのが一人か」
「死に体だがねぇ」
ユラユラと紅に染まった森から血塗れの男がフラフラと歩いて来ていた、右腕は肩口から無くなり耳から血を流し左半身は所々炭化いる。
明らかにフルコンボで喰らっている様相だ。
「ガブッ、貴 様ら下等な、人間がっいつまでも」
「死にかかっているのに、嫌味? 捨台詞を言いに来た? 大人しく死んどけば、苦しまずにすんだのにな。運のない事だ」
「私としちゃ、あんたが目を付けた時点で運がないと思うがね……若社長、到達したよ」
「ああ、わかっている。輝夜、相手が範囲に入り次第、能力でコッチに跳んで来い」
ヘッドセット越しに風文が輝夜に指示を出すと、彼はスイッチをもう一つ取り出す。
「さて、このフェイズもこれで終わりか」
「到達まで残り、9、8、7、6、5、4、3、2、1、コンタクト」
石田のカウントダウンと共に風文が再びスイッチを押す。
瞬間、遥か先の森の一部から天を焦がさんばかりの青い巨大な火柱が立っていた。
「ただいまーってデカッ何?あの火…柱って、もしかして今さっきまで私が居た所っ?」
もしかしなくてもそうである。
キャイキャイ騒ぐ輝夜、顔を引きつらせる石田、キャンプファイヤーの様に火柱を眺めるアレク。
その中で風文はゆっくりと瀕死の魔族に近づく。
「お前、一体…何なんだ。人間が、エルフの森を焼くわけない。お前は、一体………」
「エルフに人間と共闘して貰う訳にはいかないのさ。それと君たち魔族が邪魔でね。ここに来ていたのは確か、勇名で名高い第六師団、エルフを自分達に取り込むつもりだったんだろう?」
「な、何故………」
「続きはあの世で考えるんだな。安らかに眠るといい」
自分の所属と作戦目標を言い当てられた魔族は瀕死だと言うのに恐怖で声すらも出せずに震えていた。
風文の後ろに立つ火柱、森を焼く紅。火の光はユラユラと揺らぎ風文の表情を見えにくくしていて、揺らぐ光が風文の影を大きくそして禍々しく見せている。
そして魔族の頭に風文は手を当て別れの言葉を贈ると、その途端に魔族の身体は爆発するかの様に霞となり消え去る。
「シナリオナンバー、フェイズ18を終了。さて次のフェイズへと行くか」