冒険の裏側 主神サイド
「何故だ、何故だ、何故だっ‼︎!」
「何故って? 理解して欲しいわけじゃないから、説明はないわよ?」
色とりどりの光が揺蕩う空間で、1柱の神が叫んでいた。その神の目の前には小柄な女性が顔の上半分を包帯に包まれたまま困った様に笑っていた。
「とはいえ、少しくらい貴方には自分が行った事を理解してもらう為に説明した方がいいかもね? まあ、説明責任ってヤツね。見なさい」
女性が手を振ると神と少女を中心にドーム状に映像が流れて行く。
「貴方がこの世界を作って、ミスをする度に召喚され犠牲になった人物達よ」
「どういう、事だ。なんだと言うのだっ」
「まあ貴方達、この世界の神がやる事には私は興味がないんだけどね? ただ……」
女性の周りの空気がガラリと変わる。先程まで彼女が持っていた柔らかな空気が暴風が荒れ狂う様に膨れ上がり、周りの空間が今にも崩れ落ちるかの様に軋み始めたのだ。
「その犠牲者の一人が私に願った。私には願いを叶える義務があるのよ」
「何だそれはっ‼︎ 私とて、この世界の主神たる責任がある‼︎ それに人間の一人や二人、しかも複製体だ、この世界の神である私がどう扱おうが問題はない‼︎」
「あら? 状況に気付かないか、 だったら……仕方がないか」
女性が顔に巻かれた包帯に手をかける。
瞬間、しっかりと巻かれていた包帯が緩み、女性こと異界の主神『天中観星』の素顔が現れる。
『ガッ……アッ』
観星の素顔がさらされると同時に神が吹き飛び押し潰されたかの様に這いつくばる。
「救世の欲に塗れてもいい、神の正義を貫いてもいいし、享楽に身を任せてもかまわない。だけどね……」
世界に溢れていた鮮やかな光が抜け落ちたかの様に色を失う。
明るく照らされていた世界が暗く、そして軋んだ空気が硬質化する。
「自分の世界を管理出来ず、他の世界から力を持ってくる………神としての恥晒しが、その無知蒙昧な行いは万死に値、否、その存在すら永劫に磨り潰しても足りぬ」
包帯を解いた彼女は別神の如き姿で怒っていた。
普段の柔らかで優しげな雰囲気は微塵も感じさせない包帯がない彼女の容姿は、美の女神もかくやと言わんがばかりの静謐な美女である。その反面怒ると、とても恐ろしい。古き神代、神が怒ると人は供物を捧げ神の怒りを鎮めてきた。その意味が良く解る一幕だ。
ただし怒りの鉾先と供物は目の前の神なのだが。
「ガァッ、なんだこの力は、神たる私が、動けないだとっ」
「神とは力あるもの、神とは絶対なるもの」
「バカな、私は主神だ…ぞ。何故動けん、何故振りほどけん」
「神とは世界を治めるもの、神とは世界を運営するもの」
「ま、さか。貴様も神、とでも言うのかっ。私の世界を破壊しに……きた破壊神か、それとも、邪神か何かかっ」
「貴方と語り合う時は過ぎた。神とは頂点にあるもの、私と言う存在が理解出来ない、世界の運営を他の世界に頼った、そしてこの今と言う状況を回避できない時点で貴方は神ではない。ただ、少しばかり力が強いだけの愚物」
「なん、だと」
「故に、理に従いその神の権能を剥奪され、因果応報の呪を受けるがいい」
「アッガァアァアアー‼︎」
絶叫。
それはまるで人であれば生きたまま、ゆっくりと身体を引き千切られているかの様な叫び声であった。
さもありなん、神にとって神の権能とは身体の一部。しかも、自然発生した神の場合は人で言う臓器の様なものだ。人と同じ様に痛みを感じているかは怪しいが、叫び声を上げているところで言えばそう言う事なのだろう。
そして絶叫が収まり、先程まで曖昧なままで存在していた神が完全に人の形を成した。
「なんだ、私は、力が使えない? 神としての私は? 何だ? 身体、人の身体だとっ!?」
「ふふ、お気に召したかしら? その外装」
その神は人の形を成していた。生物学の大きな分類は解らないが、それは人の雌型。
「貴女は今から、貴女が作った世界で人として生きてもらうわね。ちなみに、その身体は一般的な人の身体よ。食べたり寝たりしないと死ぬわ、あと酷い怪我でも死ぬから殺されない様にね?」
「な…に?」
人間に強さのカテゴリがある様に、神にもカテゴリがある。
それは火の神や水の神などを司る、性質や権能としての分類。宗教や地域などによる、土地や世界観としての分類。そして権能の種類ではなく権能の影響力としての分類だ。
例えば天浮橋に住む炎の神エルフェルトの分類を表記すると虚空自然発生型異界神・性質 炎 風・力場干渉力ランクSSSと言う風。これはエルフェルトの生まれは無から発生した揺らぎなので虚空自然発生型となり、使う神の権能は炎と風、そして数多の世界と神を喰らい己の力とする他に対する干渉力からランクはSSSとなるのだ。
ランクはEX・SSS・SS・S・AAA・AA・A・B・C〜Lの18段階の表記になる。最高ランクはSSS、あらゆるモノを喰らい焼き尽くす究極の炎神エルフェルトにとって妥当な評価である。
そして観星の場合の評価は、成長型神造主神・性質 創造、改変、調整、時空、万物操作、因果律操作・ランクEX。はっきり言って平均的な主神のランクB(神としての最低条件は観星が語る通りだが、それは神としての最低ランクは入っているのが前提。ついでに観星自身の神としての理想像が混ざっている)から見れば、ぶっちぎりの化け物だ。
そんな観星にとって、この『他の世界』の力を借りねば騒動を治められない低ランクの神は、簡単に神権や権能を剥奪出来る『許せることができない』神だったのだろう。
「返せ、私の力をっ。返せっ私の」
「ああ、それと転生時の記憶の消去は無くしておくわ。ちなみに転生回数は貴女が節操無しに召喚した勇者の人数分で、殺されたり自殺した場合は転生回数のカウントは1に戻るからよろしく」
「なん、だと……」
それは死刑宣告より恐ろしい絶望。脆い人の身体で、しかも自分が作った人と魔族が頻繁に争う世界で、人や動物を殺さずに生きるのがどれだけ難しいか。ましてや老化しないなど、殺されない方が無理だ。しかも彼女は自分が召喚した異界の勇者の人数など覚えてない。
ゴールの見えない、ほぼ永遠とも言える地獄の旅行きを課せられた様なものだ。
「さあ、行きなさい、生きなさい、逝きなさい。貴女がした行いの答えをその身を持って受け止めなさい。因果は水面を走る波の様に寄せては返す、貴女の行いと言う波が返ってくるだけ」
この世界の主神だった女の姿がゆっくりと掻き消えていく、彼女自身が召喚して送り出した勇者の如く。
「やっ止めてくれ、お願いだ、頼む。世界のすべて世界の為だったんだ」
「そう。だったら確かめてらっしゃい。責任をもってね」
「やめっ」
女は消えた。観星の言う通りであれば、自身が管理していた世界に出たのだろう。
観星は顔に再び包帯を出現させると、深い溜息を吐いた。
「因果応報。普通は情けは人の為に成らずなんだけど、今回は天に唾を吐く例よね」
「仕方があるまい。神として未熟なモノは意外と多い」
気付けばエルフェルトが観星の背後に立っていた。彼女はそれに驚かず、見えないはずの視線を向ける。
「もう一柱の魔族側の神は?」
「焼き尽くした。しかしなんだ? この世界は歪だな。聖と魔の二極化はスタンダードな因子分離による世界の運営だが、バランスが悪い」
「属性を入れる事でバランスを取ろうとしてるみたいだけど、元素属性のみだから流転がガタガタの上にスキルや魔法の所為でエントロピーがエンタルピーに偏って無茶苦茶なのよ。まったく、せめて流転現象を強化しないと崩壊しかねない」
「……ご苦労様だな。で、これで主神組合の仕事は終わりか?」
「ええ、複数の主神からの案件はコレで終わりね」
観星は再び溜息を吐く。
「まったく、迷惑をかける愚神はタチが悪いったらありゃしない」