春一番は強風であり、何かを運ぶ風でもある
城壁。それは近代になってからあまり見る事もなくなった城を守る防御壁だ。
城塞都市ともなるとその規模は大きく、町が丸々一つ入っているだけあって壁の厚さと高さは超弩級だ。
とある世界のとある国、その首都たる城塞都市の壁の上から二人の影が町を見下ろしていた。
「日付け通りだ。指定した時間と緯度経度の誤差は、わずか10分25秒と30メートル上空なだけだ。世界移動と時空間移動を同時にこなしてコレだけの誤差は尊敬に値する」
「ゼーッゼーッ、それは、ありがとうップ、ギモチワルイ……」
訂正、一人は城壁の弓矢を射る窓の下に顔を真っ青にしてへたり込んでいた。
「励起法を低深度から上げていくんだ。……そうだ、脳の負担を取り除く様にゆっくりとな」
「計算式が、あんなに複雑怪奇、になるとは思いませんって……」
「喋るな。今は黙って回復に努めるんだ……」
蹲る輝夜がようやく落ち着く頃、風文に輝夜が問う。
「あのー風文さん? なぜこの時間なんですか?」
「時間? ああ、何故この『勇者』君が召喚された直後の時間と言うことかな?」
輝夜がコクリと頷くと、風文はニヤリと笑い話し出した。
「今回のオーダーは勇者君の復讐にだ。復讐と言うモノに限らないが、あらゆるモノには原因と結果がある。もしだ、ここで彼の召喚を阻んだら? もしこの時点で彼を破滅させるモノを皆殺しにしたら?」
「意味がなくなりますね」
「そういう事だ。それを踏まえると今回のターゲットは三つ『裏切った者』『それを幇助もしくは間接的に裏切った者』そして勇者を召喚しないと立ち行かない程この世界を放っていた『この世界の神』だ」
あまりの内容に輝夜の目が驚愕で大きく開かれる。
「この世界を滅ぼすつもりですか?」
「いや? つもりじゃなく滅ぼすんだよ。考えてみろ、他の世界から『勇者』なんてモノを召喚しないといけない程の歪みきった世界を…滅ぶ一歩手前のようなモノさ。しかもこの世界の人間はそれを利用するだけ利用し、いらなくなったら使い捨ての道具のように捨てる。末期だろ? まあ、そんな世界は遅かれ早かれ滅ぶ。それにだある意味、召喚された勇者は犠牲者だ」
「っ、ですね。どんな大義名分があっても罪は罪という事」
「当然だ。罪には罰、やった事には必ず相応の対価はくる。例外はない、因果応報の理の下に、塵も残さん根こそぎ摘み取ってくれる」
そこで輝夜は気付く。目の前の男は楽しそうに笑っているが、目の奥のそれは怒りに染まっている事に。
それを知ってしまった輝夜は思わず身を震わせる。
「人の願いが人を滅ぼす」
「人以外の種族でもよくある事だ、動物や昆虫でもよくある。間引く事により進化する、滅びる事により新たに産まれるモノもある。滅びは終わりではない転換の側面の一つだ」
この世界は滅びを知らず、ただくだに存在し続けた。それはまるで熟れすぎた果実の如く、ユックリと腐り落ちる瞬間に近いモノがある。
「だから一度文明を破壊し尽くす」
「どうやってですか?」
「ああ、ここは古代中国の菅仲の言葉を借りるか」
「?」
知らない人物の名前に輝夜は頭を傾げると、風文はニヤリと笑う。
「衣食足りて礼節を知る。と言う言葉がある、これは衣食に富めば自然と道徳意識が高まり国が発展すると言う、ありがたい言葉だ」
「ありがたいのは解りますけど、今回の件とどう…?」
「国が富むならば、その逆を行えばどうなると思う?」
風文の笑みは深くなるが、輝夜は逆と言われても意味がわからない。
「逆?」
「察しが悪いな、話の内容を覚えているか? 言葉の額面通りだ」
「本気ですかっ!?」
輝夜が理解できないのも仕方がない。
何しろ風文が言っているのは衣食住のうち衣食の流通を破壊すると言っている様なモノだ。
彼女は知らないだろうが、風文は3日で国の基盤たる国家をひっくり返す化け物である。輝夜も感じているのか、風文の持つただならぬ雰囲気に『やりかねない』と根拠のない確信を深めていた。
だがしかし、この話には欠点がある。
「衣食を破壊って私達2人じゃ無理ですよ。いったい何年………ま、さか」
「おっ、いきなり聡くなったな」
ニッコリと優しい笑顔を振りまく風文の表情に、輝夜は心をキュンとときめかせながら身体は盛大に鳥肌を立たせていた。