神と邪神の差は?
「は⁉︎ どう言う事だよ‼︎」
「どう言う事だ観星?」
「これを見たら解るわ」
元の世界に帰る夢、それを阻む言葉に激昂する輪。それを柳に風の様に受け流す観星は、疑問の声を上げる風文に先程から作業をしていた紙束をハイと渡す。
「これは……、確かに戻らん方がいい」
「あんたまで、どう言う事だよ‼︎ 説明しろよっ‼︎」
「これに見覚えがあるか?」
風文は眉間に皺を寄せながら紙束の一つを引き出すと、勇者と魔王の前にだした。
それは複雑怪奇な魔法陣だ。カラフルなバーコードと文字列で作られており、紙面には立体的に描かれおりそれがドーム型の積層型の魔法陣だと一目で解る。
それをみた勇者と魔王は二人とも違ってはいるが反応を示した。
「それは俺が召喚された……」
「禁呪の構成魔法……」
勇者と魔王は思わず顔を見合わせた。
勇者は困惑した表情で、魔王は風文の言葉の意味を知り。
「勇者君。君には哀しい話かもしれないけど伝えるわよ。この魔法陣は『召喚魔法陣じゃない』わ。下部の魔法陣はかなり精度が低いけど異界や平行世界を観測する魔法陣、上部の魔法陣は下部の魔法陣で観測したモノを再構築して作り上げる魔法陣」
「やはり。旧い滅びた魔法帝国の遺産か。文献でちらと見た覚えがあるった命の価値を貶める禁断の外法じゃな」
「…………ど、どう言う事だよ。なんだよそれ。俺にわかる様に言ってくれよ」
気の毒そうに言う魔王。
バツが悪そうに口を噤む観星。
混乱しながら叫ぶ様に問いかける輪に、二人は口を閉ざす。
そして口を開くのは風の神。
「解ってるんだろう? 理解したくないだけだろうが」
「……やめてくれ」
「君が召喚魔法と思っていたモノは違った」
「……やめてくれよ、頼むよ」
輪は聞きたくなかった。
自分が今まで戦ってこれたのは、一つの願いからだった。
暖かい家庭だった、公務員の父がいてパートに行く母親がいて大学生の兄がいて小学生の妹がいて。
朝はいつもドタバタでトイレの順番で喧嘩して、朝ごはんを食べながらテレビを見て母親に怒られ兄が苦笑し妹は憎まれ口を叩く、父は基本的に几帳面に黙々と食事をしていた。
通学には型落ちの自転車に乗って十分、途中で小学校からの悪友と出会い何気ない会話を楽しむ。学校の授業は退屈だけど今ならとても大切だったと気づく、今ならもっと真面目に聞けるだろう。
放課後は部活で気の良い仲間と美少女マネージャーに話しかけ玉砕、先輩と付き合ってると聞いて意味もなく失恋した気分になった。
家に帰れば晩御飯、少し気怠い身体に食事をして風呂に入って布団に潜り込む。
どこにでもある日常に、どこにでもあった当たり前に、あの懐かしい我が家に帰る。
それだけが願いだった。
「異界より情報を得て再構築する魔法陣にいた君は」
「ヤメロォッ‼︎」
「本物ではなくコピーなのだよ」
願いは偽物になった。
輪はソファに蹲る様に頭を沈め動かない。それは仕方がない、自分の願いどころか存在自体が造られたモノだったからだ。
魔王は勇者の髪を梳く様に頭を撫でている。
風文と観星は二人を他所に話し続ける。
「風文、あんたやりすぎよ」
「遅かれ早かれ気付く。こう言うのは後で気付くより、早めに解らせた方が引き摺らん」
「むぅ。人族め、我等魔族を外道や悪魔やら言っておいてやってる事は自分達の方が外道ではないか」
「知らないのだろうよ。魔法陣の一部が微妙に齟齬がある。旧い時代に作られていて修復が上手く出来てない上に騙し騙し使っているところから、一度文明が滅んでいて、どんなモノかも解らずに蘇らせたんだろう」
「知らないからでは済まないわよ。しかしこの世界の神はこんなモノを放置して何をしてるのかしら?」
「神気取りで統治しているのだろうよ。己が行いに対し因果を理解してない愚神に良くある話だ。『主神組合』の方で何か議題に挙がってないのか?」
「挙がってるよ。組合以外の神の干渉に怒号が」
「怒号って、組合って……」
二人の会話に魔王は顔を白黒させていたりする。
「偶然や意図的にしろ、自分達の世界の一員を連れて行くなんて言う勝手に喧々囂々。この間は一月に30近い主神が粛清されたし」
「また物騒だな」
「タチの悪いのだけだから、本当はもっと多いだよ」
「ふん、見せしめか。神も人と変わらず痛みを知らねば変わらんか、世知辛い話だ」
その話を聞きながら、魔王は髪を梳いていた勇者の身体がピクリと動いたのに気付く。
「まあ文明レベルが低い世界や、命の価値が低い世界に良くある話よね。まあ、やられた方はたまったもんじゃないし」
「転生があるからと犠牲を強いる奴も以前いたな、奴は解ってないから命の代償を存在で払ってもらったが」
ピクリと勇者がまた動く。今度は不思議と魔王の手に熱量を感じた。
「因果応報。目には目を歯には歯を。罪には罰を。入力をしたら出力を世界は意外と単純さ」
「風文、あんたっまさかっ」
話の内容に不穏さを感じた観星だが、もう遅かった。
彼の言葉は観星に聞かせていたかと思っていたが違っていた。
それはガバリと起き上がった勇者にだった。
「……だ」
「やめなさい。願いは一つだけなのよ」
「復讐だっ、俺を造り、騙し、利用して……邪魔になったら使い捨ての道具の様に捨てた、あいつらに復讐するんだっ‼︎ それが願いだっ叶えてくれっ‼︎ 神様‼︎」
妙な話だった。風文の割にはいやに大人しかったからだ。普段の彼ならば、敵を見つけたと言わんがばかりに代わりに襲う事を提案すると思っていたが、まさか話題を粛清や復讐・報復の話に持っていく事で勇者に刷り込む予定だったとは。しかも衝撃的な話を利用して思考を操る事まで……。
観星はやられたと、思わず頭を抱える。
操られたとは言え、願いは願いだ。観星は溜め息を吐きながら再度確認する。
「本当に良いのね? 願いはたった一つよ?」
「元の世界に帰らない方が良いって、あんた言ったよな。それって俺が召喚されたんじゃなく作られたからだろ? 多分元の世界には、本物の俺がいるんだろうな……俺が帰っても、きっと俺の居場所がないんだよ。きっと俺がいるべき世界はあの俺が作られた世界なんだ。だからこそ、俺はあの世界に復讐するんだ。俺を使い捨てた奴らに、居場所がない世界に、そんな状況を作り上げだ全てにっ‼︎」
言い切った勇者の目はなんと言うか激情と苦しみと憎しみと悲しみに塗れた目をしていた。
有体に言えばこの胸の激情を治めないと前に進めないと言っているのだろう。観星は感情に灯った憎しみの炎を煽った悪魔を隠した目でジロリと睨むとまた溜め息を一つ吐きながら頷いた。
「良いわ、貴方の願いを叶えましょう。この始まりの主神『天御中星』がその復讐を手伝うわ」
戻って現在。
ニコニコと嬉しそうに笑うマリアージュと微妙な苦笑いの輝夜以外は頭を抱えていた。
「あいつは悪魔か……」
「直接は会った事ないから逸話や噂話だけだけど、自分の目的の為なら悪辣な事を平然とヤる人物の様ね」
「栞、最近私は奴が神は神でも邪神の類なんじゃないかと思うんだ」
エルフェルトは観星とは違う方向の神の存在に頭痛が止まらないようだ。
「ニャルラトホテプとか?」
「……違和感がなさすぎて悪い予感しかない。あいつ異世界で核分裂とか核爆弾の知識とか教えてないだろうな?」
ありそうで誰も否定の言葉を出せなかったりする。
実は邪神の定義は自分の信仰している神様以外の神を邪神と言います。
キリスト教やイスラム教の唯一神からすれば、自然宗教や仏教やヒンズー教の神は邪神だったりします。
逆に言えば他宗教と上手く付き合える八百万の神を祀る神道は、邪神なんてないとも言えたりします。
仲良く出来る宗教ってある意味凄いですよね。