誰がなんと言おうとも説明回
「……と言う事は話を纏めると、此処は俺とお前は、あの時の魔法によって偶然世界に穴が開いて……」
「世界を渡りこの地に来たと言うわけじゃ。なんじゃお主、結構簡単に信じたの?」
「へっ、こちらとら既に異世界から召喚された勇者やってたんだ。納得できないわけねーだろ?」
勇者と呼ばれた輪は眼だけを動かし、コーヒーカップ片手に雑誌を読む青年をそっと盗み見た。
髪の毛の色は明らかに金髪だが、詰襟の学生服に似た服にコーヒーに日本語が書かれた雑誌の時点で、自分が呼ばれた異世界じゃないのは明らかだ。幻術という可能性も考えたが、あの魔法はかけた人間の記憶を元にでしかかけられない。少なくとも、魔王以外の人間に見覚えは一切ないので幻術では無いのは間違いなかった。
しかしながら、輪は疑問を感じていた。
「なあ、あんた」
「ん? 俺か?」
「そうだよ。あっちの二人は見たら頭が痛くなる様な数式でハイになってるし、こっちの魔王は微妙にこんな状況で本調子じゃねーし」
「消去法で俺って事か。いいぞ、何が聞きたい?」
輪は疑問を頭で整理すると、話を切り出す。
「俺、いや俺達はどうなるんだ?」
「ふむ、なんとまあザックリとした質問だな。だが適切な質問でもあるな。敵である筈の魔王もカテゴリに入っている辺りが日本人らしいな」
「しょうがないだろ。最後の戦いで命を賭けた戦いをしたけど、次に目を覚ましたらなんか変に丸くなってるし」
「ククッ、違いない。弱きを守る勇者か……概念としての正しく勇者だな。まあいい、君の疑問に答えよう。君達はこう思っているのだろう? 自分達は事故の様にこの世界に現れたが不法進入と同じで、尚且つ命を救われた挙句に右も左も解らない」
「お、おう」
「端的に答えよう。 好きにするといい」
「は?」
飛び出た言葉に思わず輪の口から変な声が出る。
「どう言う事だよ‼︎」
「言葉通りさ。ここに住もうが出ようが、死のうが生きようが君の君達の自由だ」
「意味がわかんねーよ。あんた今さっき言ったろう、俺達は右も左もわかってないんだ」
「勇者っ落ち着け、話を聞くんじゃ」
「っ‼︎ でもよ」
「その御仁はまだ話の途中じゃ。お前が不安に感じるのは解る。じゃが、話は最後まで聞くべきじゃ」
「……わかったよ」
激昂して立ち上がる輪を魔王は押し留める。縋る様な懇願の瞳に、一瞬輪の心臓の鼓動が上がる。
「良いコンビだな君達は。まあ、そこの魔王が言う通り話は終わってない。君達が死のうが生きようが我々は関知しないが、実はこの地にはルールがある。一つ質問しよう、君達何か違和感がないかな?」
「そう言えば……っ‼︎ 魔法が使えない⁉︎」
「やはりか儂だけではなく、勇者もならば間違いないの」
今更ながらに慌てる輪に、やや呆れ目の魔王。
それを半ば無視しながら輪は、風文を睨む。
「どう言う事だよ」
「さて、質問を重ねよう。君達が扱う魔法、とはなんだね?」
「知るかよ、てかこっちの質問にも答えろよ」
「まて、勇者。………っまさか、あなた達は‼︎ いや、貴方様達はっ‼︎」
「簡単な受け答えだけで解るか。なるほど、上に立つ者として努力しているのは好ましい」
「おっおい。魔王、お前どうしたんだ顔色がおかしいぞ」
魔王の白い肌が更に白を通り越し真っ青に凍りつく。
「勇者。お主は異界の人間故に知らぬだろうが、我々の世界に残る神話にこうある。『遥か彼方の昔、世界は主神によって作られた。主神の歩みは大地を創り、主神の息吹は風を産み、涙は溢れ海を湧き立たせ〜』とある」
「いわゆる創世神話か」
横から口を挟む風文に、魔王は顔色が悪いままコクリと頷く。
輪は魔王の雰囲気に呑まれたのか、口を出さない。
「注目するのは最後の一節だ『主神は最後に言葉を発し仰った。汝らに法を与えよう』とな。これは色々な解釈がある。人族ではこれは王に対し統治する為の法を与えてもらったと言う意味で王権の譲渡だと解釈しておる。しかし、魔族側ではちと違うんじゃ。魔族において王とは力、この意味は解るか?」
「力が王の象徴って事か? てーと、魔族の力か……ああ、魔力……いや、魔法か?」
「解っておるみたいじゃが、事の重大さがわかっておらぬな。今さっき言った神話と絡めてみよ」
「今さっきのって言えば、汝らに法を与え……」
そこまで口にして輪は気付く。主神が与えてくれたのは法は法でも魔法。魔法なんてない世界から異世界に召喚された輪にとっては、とてもシックリする。魔法は神が定めたモノと理解した、だから神がいたあの世界じゃない今の世界では魔法が使えないのだろう。
しかしここで疑問がでる。
「あれ? 俺今さっき魔法使ってたぞ?」
そうなのだ、目の前の青年とトチ狂って戦闘した時に輪は確かに魔法を使った。
「確かにあの時のお主は身体強化と『炎槍』をつかったの」
「それについては俺じゃないな。むしろ勇者の君はあいつに感謝した方がいい」
風文が顎で指し示す方向を見れば、顔の上半分を包帯で覆った少女が満面の笑みでピースしていた。
「どう言う事だよ」
「君の身体を守る為に『魔法を使える様にした』んだよ。身体強化が使えなかったら最初の一合で剣ごと叩き斬られてたんだから」
「なっ⁉︎」
恐ろしい事をサラリと言われ目を白黒させる輪の隣で、魔王はやはりと頷く。
「あちらの方はやはり……」
「どっどう言う事だよ、さっきから‼︎」
「まだ分からんか。魔法を許可もしくは使える基盤を瞬間に形成できる。その様な存在は、一つしか無い。あの方は異界の主神ですね」
風文の返事はない。顔を真っ青にしている輪の顔を見てしてやったりと笑う風文の笑顔が証左だった。
「ふふ。改めて自己紹介と行こうか。私の名は三剣風文。この地を守護する四象神の一柱、志那都比古神を任されている」
「げっ」
落ち着いていた輪の顔色がまた悪くなる。輪の日本での出身地は実は伊勢であり、小さい頃から曽祖父祖母から嫌という程聞かされた名前だからだ。(志那都比古神は伊勢神宮の内宮に祀られている神様で、航海の安全や風を司る神様です)
「どう言う事だ勇者よ」
「風の神様だ。しかも、沢山いる神様でも上から数えた方が早い神様だよ」
「こっちの世界はそんなに神がいるのか?」
「沢山いるのは俺の国だけだっ。八百万あらゆるモノに神は宿るって、じーちゃんが言ってたしな」
「大体、二百四十六万ほどだ」
ひそひそと話す二人に、風文は注釈を入れると二人は黙るが魔王が慌てる。
「お前の世界は魔境かっ。我等の世界でも、そんなにおらんとゆーのに二百四十六万って」
「知らねーよ、俺も初めて知ったわっ‼︎」
魔王のキャラクターが崩れかける。
それは仕方がない彼女達の世界において神は最上位の絶対者であり、それに神の数で言えば6柱しかいない。神の絶対数が圧倒的に違いすぎるのだ。
「ククッ。まわりくどく話したが、君達の理解を深める為だ。まあ話を最初に戻そう。さて、この場所はあんなのだが主神がおわそう地だ。神たる存在は基本『下界』に対しての干渉は不文律だが禁じられている。しかし特例としてこの地に至ったモノの『願いを一つだけ叶える』という事がある」
「願いってなんでもか?」
「ああ、主神が叶える」
「風文あんた私を差し置いて偉そうに振る舞うんじゃないわよ。ああ、確かに大抵の願いは叶えるわよ。その前に一つ残念なお知らせがあるわ。勇者君、君は元の世界に帰らない方がいいわ」