本分
学校の体育館程の大広間、アラバスターホワイトの床。
天井は二十の総ガラス張り、ガラスの間には機械仕掛けの巨大な時計が仕込まれている。
天に浮かぶ月は中天にあり、薄らとかかる雲が月に暈をかける。
「明日は雨かなー?」
その大広間の中央にポツンとある大きめのテーブルと四つの椅子の一つからその声は響く。
中央の椅子にだらしなく座り、天を見る和装の少女。
顔の上半分を神代文字を書いた包帯で巻いた白い肌の少女が、その見た目とは反し桜色の小さな唇をだらしなく開けていた。
「休憩ですか観星さん?」
そのだれている観星と呼ばれた少女に声を掛ける女性が一人。
スラッとした綺麗な曲線を持った女性だった。
褐色の肌にブロンドの髪、ハッキリとした欧風の顔立ちが特徴の大人の女性だった。
「あーマリアージュ、どうしたのー?」
「お疲れでしょうからとお夜食と飲み物を持ってきました」
そう言いながらマリアージュと呼ばれた女性は手に持っていたお盆から湯飲みと切り分けた羊羹をのせた皿を机の上に並べる。
「ありがと。一寸行き詰ってたから丁度よかった」
そう言うと観星は机の上を簡単に片付け始める。
その机の上の物は…
「宿題はかどってます?」
「正直な所、英語は苦手ー」
高校Ⅱ英語と書かれた教科書だった。
溜息を一つ吐きながら観星は羊羹を一つ頬張る。
「あーダルイー」
「ふふ、しかし意外ですね。観星さんぐらいの方だったら勉強なんて何でも出来ると思いました」
「んー、そう?一応能力は使わないって約束してるから私の個人の力なんてこんなものよ?」
「神様ってのも大変なんですねぇ」
そう観星は神だった。
日本創世神話の最高神、天の御中星の二つ名を持つ『この世界』においての主神だった。
その能力は『現在・過去・未来』全てを見渡し、遍くモノに『干渉』出来る現存する神の中でも最強の部類に入る主神だ。
「まあ、私が選んだんだから意思を貫徹したいってのもあるしね」
「そうなんですか?」
「そうなの、格好良く生きたいしね」
そう言いながら観星は湯飲みの緑茶をあおる様に飲み干した。
「さてもう一踏ん張りしなきゃねー」
「なんか忙しそうですね」
「最近なんてーか、仕事が多いのよ。昨日も三件、一昨日なんかは五件だったし…あー、今日も宿題終わったら二件だ~」
ボヤキながらも彼女の手はノートを開き、包帯で覆われて見えないであろう筈の目で宿題を解き続ける。
そんな観星の横でマリアージュは、あらかじめ持参していたポットから急須にお湯を注ぎながら尋ねる。
「昨日はどんな方だったんですか?」
「ん?ああ、確か魔法使いが一人に、悲壮感湛えた勘違い系の人間のパーティが一組…後邪気眼かってのが一人かな?」
「邪気眼って…」
「だって私が『ようこそ~』って言ってんのに、人の話も聞かずに『貴様は俺を倒すために』とか何とかブツブツ言い出したんだから記憶を消して丁重にお帰り願ったわ」
ハァと肩を落としながら宿題を解いている観星の声は少し苛立ちが混じっている。
それを見ているマリアージュは乾いた笑いしか出せない、ハッキリ言って可哀想としか思えない。
「大体、最近多すぎるのよ神に勝とうなんて輩がさ。たかが人間が人の範疇を少し超えた力を持った程度で神を倒そうなんて無理に決まってるのにねえ。」
「あ、ははははは…そうなんですか?」
「そうなの。気持ちは解んなくもないけどさ、無闇に人間をもてあそぶ神も多いのも確かだから。」
「観星さんはどうなんですか?」
「私は違うわよ。私そんな事する暇ないもの。」
そう言いながら観星は、顔を動かさずにコツコツと宿題を指で叩いた。
「私は高尚な気持ちも人で遊ぶより、学校の宿題のほうが忙しいわ。自分の出来る範囲で自分のことから片付ける。基本でしょ?」
確かにとマリアージュは微笑みながら、その場を辞した。
月はいまだ中天、雲はなかった。