風と月の冒険の始まり
勇者。
勇敢なる者の略称。
某RPGの主人公がそう呼ばれ、認知され概念として定着した。
概念とは厄介なモノで、海原を走る波の如く世界を跨ぎ伝播しやすく、とある世界で産まれたこの概念は量子ジャンプを繰り返し拡がっていた。
しかもその勇者とはなんだ? と問われると、これほど返答に困るモノはない。
強大な力を持つ敵を打ち倒す力をつけし者。
人のもしくは弱きモノを纏め、意思を示し心に挑む者。
明らかに無理と分かっているのに、美女に告白する肥満体型のオタクとか。
上司のズラがずれているのを、教えてあげる部下。
大体ここら辺が勇者と呼ばれている。後二つは空気を読めない天然でもあるが。
しかしながら、それは物語としての視点だ。それ以外、そう神の視点、第三者の視点で見ればどうだろう?
当然、悲劇であり喜劇、活劇であり戯曲だ。
それは神の暇つぶしであり、なおかつ以前観星が言ったように、運命が決まった世界の物語を掻き回す救世主。
勇者とは有り体に言えば、世界を救う道化師とも言える。
話は変わるが、三剣風文という男がいる。
注意
『変わる世界』や『いつもの日々〜』『いつかの影法師』を読まれてない方はしばらく読み飛ばしてください。
彼と言う存在は見る人間と時間によってあやふやに見える。
例えば、ある時は黒が混じった金髪碧眼の人懐こい少年。ある時は金髪碧眼の太々しい態度の青年。ある時は黒髪の青年で裏の世界の実力者。ある時は天狗面を被ったナイスガイ。
その実態は、裏の世界を恐怖に突き落とす第三大隊の長で、なおかつ八方塞の南門を守護する門番。
彼の正体を知る者は数少ない。エッグハルト・F・バーンブルグと言う偽名だか本名だかを名乗ったり、時期や状況によって髪の毛の色や雰囲気やしゃべり方をコロコロと変えているためだ。
彼が何故そんな事をしているかは分からないが、彼を見分ける方法からそれはうかがい知れる。
彼を見分ける方法、それは言動や性格だ。
彼自身のポテンシャルは高く、知能やコミュニケーション力は抜きん出ており、能力者と言う事を差っ引いても化物の類だが、彼には欠点と言える嗜好もしくは性癖がある。
バトルモンガー、いわゆる戦いに依存し相手を屈伏させる事に快感をもつ戦闘狂だ。しかも彼の場合は正確には違っており、彼が快感を得るのは彼が悪と感じた相手と言う独善的なモノ。
ただし規模はピンからキリまであり、ピンは個人キリは国家規模になる。(いつかの影法師の『その後、そして新しい影』参照)
簡略に言えば、彼の嗜好は正義 悪の関係なしに悪を磨り潰す事に快感を感じているのだ。
彼を見つけたければ簡単だ、後腐れなく潰せる外道か悪の組織の所業を吹聴するといい。そこには必ず風か吹く、不吉の南風が。
少し肌寒い風が髪を撫でる。
建物の裏手にあるテラスには、月明かりに照らされた二人の影。
一人は少年、顔付きは東洋人なのに服装は中世ヨーロッパの服飾見本の様な短衣に黒い革鎧。
もう一人は少女黒のレースを利用した魔方陣をふんだんにあしらった、バトルドレスと呼ばれる華やか且つ妖艶さを醸し出すドレスを纏っていた。
しかしながら二人の表情は悪い。いや悪いと言うか、完全に戦意を喪失したのを通り過ぎた様に抜け殻のようだ。
「なぁ、魔王」
「なんじゃ、勇者」
「俺の世界の言葉にさ、築くのは苦労するが、壊すのは一瞬って言葉があるんだ」
「ほー、それは見事に分かりやすい言葉じゃのう」
「まさか俺あんな事になるとは思わなかったよ」
「それは私もじゃよ」
二人は夜空を見上げ、肌を撫でる涼やかな風を身に受ける。
「解りやすく言えば結果がアレです」
輝夜が指差す方向には、テラスの椅子に腰掛けて空を見上げる二人の影。背中しか見えないが、二人の背中は何故か煤けて見える。
「もう凄惨たる惨状しか思いつかなくて聞きたくないけど、何があったの?」
「聞いてくださいよぅ。聞くも涙、語るも涙で……」
始まりは何てことない偶然だった。
皆様は忘れがちだろうが、この場所は天浮橋。あらゆる世界の終着点であり、あらゆる世界の深淵であり漂着地である。
その日、輝夜は学校帰りに観星の家たるこの地に遊び来ていた。観星と輝夜、この二人実は同じ高校のクラスメートだったりする。
異変が起きたのは観星と喋りながら時刻館に一歩踏み入れた時である。
ゴーンゴーンと鳴り響く鐘の音が聞こえた途端、観星が学校用に作っていた女子高生の外装が解かれいつもの包帯に和服の少女に変化したのだ。
「ちょっと観星、どしたの⁉︎」
「漂着物よ。しかも緊急の。鐘が二つだから危険物じゃないみたいだけど……」
観星は走り出す。空間を所々ショートカットして、点滅するかの様に走り去っていった。
「なんか、すっごく慌てるなぁ。直接目的地まで繋げれば良いのに」
言いながら輝夜も観星を追うべく能力を使う。彼女の能力は『月虹』時間と空間を自在に動き回る。観星が居るであろう大広間の扉前に一瞬にして移動すると、扉を開け放つ。
扉の先は凄惨な光景だった。虹色に淡く光り輝くアラバスターホワイトのタイルが赤く染まっていた。
その中心にいたのは血塗れで倒れる二人の男女。それと少し長い黒髪を後ろで一つで纏めた理知的な青年と、しゃがみ込み傷を治している観星。
「女の方は全身骨折に胸部から腹にかけての裂傷、腕に三度の火傷と打撲。足も同様。男は全身に裂傷、二度の火傷。腕が複雑骨折っ。チッ観星マズイ、血圧が落ち始めてチェーンストークス呼吸が始まってる」
「解ってるわ。あーもう、アカシックレコードに接続。記憶以外を健全な状態に書き換えるわよ」
「急げ観星」
「うるさーい‼︎ やるわよっ」
瞬間、血塗れではあるが一瞬にして二人の男女の傷がなくなり、死相が出ていた顔が正常に戻る。
死の一歩手前、そんな状態の人間が二人助かった。
怒涛の展開からの解決に緊張感がフッと抜けたのを感じ、輝夜は何もしてないにも関わらずへたり込む。
「しかし、この二人の傷は妙だな」
「確かにね。裂傷は多分剣」
「叩き切る様な刃筋は西洋剣の特徴だな。そこそこの業物だったな。だが、火傷と骨折が解らん。……いや以前見た事があるな。確かあれは密閉空間内でのインパクトボムの誤爆で死んだ研究者の傷痕にソックリだ」
「それじゃなに? この二人は密室に閉じ込められて、中に爆弾を突っ込まれたって事?」
「まてまて、話は最後まで聞け。この女にあった傷痕は、この少年の持ってる砕けた剣で傷付けた様に見える。しかもさっきまでの状態から見るに直前まで争っていたかの様だ」
「………嫌な感じね」
包帯で顔が半分覆われていて解りづらい筈の観星が、不機嫌さを解る程顔を顰める。話の内容は側で静かに聞いていた輝夜でさえ解る。
おそらくだが二人は閉じ込められた場所で戦っていて、そこに爆発物を投げ込まれたのだ。しかも男性の方だけが火傷。状況や背景が解らないので確実ではないが、男性が女性を庇ったのかもしれない。
「ともあれ、当人の意識がないから状況が解らん。とりあえずは運んで服をどうにかして寝かせるぞ」
状況は解らないし二人の意識はない。当座をしのぐ為にと、輝夜は手伝う為に動き出した。
お好み焼きが食べたくなりました。