深夜の事情
短いです。
「うっだーああああぁぁぁぁ‼︎」
「えっえっえっ?」
走る着物服の少女が廊下を走り、褐色の肌をした艶のある女性が目を回す。
振り返るともう少女はいない、いないどころではなく光の粒が何故か舞っていた。
「なっ何?」
おそらくこの天の浮橋の主たる観星だろうとは思うが、あんな奇声を上げて走り去るとは何があったんだろうとマリアージュは頬に手を当てて首を傾げる。
腕時計を見ると今は深夜一時、学生生活と仕事の両立でとうとうストレスが限界を突破したかとマリアージュは断定する。
しかし、マリアージュはあれ? と再び首を傾げる事になる。
「観星さんの霊圧が消えた……?」
「ネタに走るな」
「うみゅっ⁉︎ っ??」
スパーンと小気味の良い音と共に、頭に走る衝撃。マリアージュは痛む頭を抑えながら振り返ると、小さい女性が身の丈程のハリセンを持って立っていた。
「アイタタ、栞さんっ⁉︎ いつの間に……」
「いつの間にかじゃないわよ。今週は私の担当だから、いるに決まってるでしょ。……あと、ネタに走らない。ただでさえウチの主神はハチャメチャなんだから、あんたまで『ああ』なったらエル兄さんのあるかどうかわからない胃に穴が開くわよ?」
彼女の名前は守部栞。身長140cmくらいの少女で、紺色のレギンスにクリーム色のTシャツに近いワンピースを着こなした見ため可憐な少女である。
「ああなったらって、あれでも私達の主神ですよ?」
「だから困ってるんでしょ? ただでさえエル兄さんはあれに手を焼かされてるんだから。それに、砕破に愛想尽かされるわよ?」
「いけません、いけません。それはマズイです。やめましょう、それが良い、ハイ止めたー」
物凄い手のひら返しである。
まあそれも仕方がない話だ、何しろ砕破とはマリアージュの想い人である。痴態を見せて嫌われるなんて、以ての外だ。
「にしても観星どこに行ったのかな。マリアのボケじゃないけど霊圧どころか、気配や励起波すらも感じられない……これはあれね」
「あれ? 」
「空間転移かもね。さっき奇声上げて走ってった後に微弱ながら重力波の干渉を感じたから、たぶん別の空間を繋げたんじゃないかな?」
「あらら。それじゃあ何処に行ったか分かりませんね、どうしましょう?」
「どうするも何も行き先が分からないのをどうもできないわよ………ただ予想は出来るわ」
「予想ですか?」
首を傾げるマリアージュに栞は指先を観星が駆けてきた方向を指し示した。
「何かがあって、奇声を上げて走ってるなら、その原因を見ればわかるんじゃないかな?」
「成る程、犯人は現場に戻るってヤツですね?」
「なんか違う気がするけど、まあそんな感じよ」
栞がそう言うと、2人は観星が走り去った逆の方向へと歩く。
深夜一時すぎ、世間では丑三つ時に近い夜が最も深い時間だ。
それだけではないが、館はシンと静まり返っていた。
「ん?」
「あら?」
廊下を曲がると静まり返っていた筈の空間に音が混じる。
「この音は、焼く音?」
「ん〜、油の焼ける良い匂いがしますね」
ジャッジャッと何かを炒める音と油の焼ける芳ばしい匂いが漂う。何かと空腹を覚える深夜の時間帯、マリアと栞は鼻腔をくすぐる香りに思わず唾を飲み込み、匂いの出元に近付いた。
出元は当然、マリアージュの聖地『調理場』である。
その場に近付くと扉から漏れる光と音、2人はそっと中を伺うと。
「エルフェルトさん⁉︎」
「エル兄さん何してるの?」
調理場の中では、中華鍋を振るエルフェルトがいた。
見れば中華鍋がやや赤く光って、米と具材が大きくドームの様に舞っていた。
「ん? おお。マリアと栞か、どうした? 」
「どうしたじゃないですよ、それはこっちの台詞です。こんな時間にどうしたんですか?」
「いや、ちょっと腹が減ってな。時間も時間だし、君を起こすのも問題だからこう鍋をふっていたんだ」
バツが悪そうな苦笑いのエルフェルト。彼が逸らした視線の先は、大量のチャーハンの山。
「あー、作って食べてるうちに焼きムラが出来て、拘って作っていたらこうなったと………エル兄さんらしいわ」
「ははは、つい夢中になってな……すまんな」
「大体事情はわかりました。私としては後片付けさえしてくれたら構いませんよ?……しかし、観星さんの奇声の理由はコレかしら?」
「夜中に食べ物の匂いを嗅いだらこうなるわよね?」
「ん? 観星?」
真夜中の腹へり時に嗅ぐ匂いにやられたかーと納得する二人に、エルフェルトは疑問符を上げる。
「……ああ、アレか」
「何か違うんですか?」
「ああ、多分違うな。実はな………」
そう言ってエルフェルトは二人を連れて大広間、要するに何時もの場所に連れてくる。
広い体育館ほどの空間にポツンと置かれた椅子とソファーとテーブル。そのテーブルの上には電源がはいって煌々と光るディスプレイと、ソファに縋り付く様に倒れ込むジャージ姿の少女。
「輝夜、起きろ。取り敢えずコレでも食べろ」
「エルフェルトさん……ありがとうっ‼︎」
チャーハンの匂いに飛び起きた輝夜と呼ばれた少女は、大皿のチャーハンをかき込む。
「輝夜きてたのか……ああ」
「輝夜さん、いらっしゃい……ああ」
何か色々と捨て去っている顔見知りの少女に挨拶する二人は、ディスプレイを見てああと納得する。
「飯テロか」
「この時間に食べ物系の番組は苦行ですね」
ディスプレイに映っていたのは、食べ物系の番組だった。