世界の壁の厚さはどのくらい?
アラバスターホワイトの床石が月明かりをボンヤリとはね返し、広い敷地の大広間にポツンと置かれた6人がけの小さなテーブルを照らしている。
こんな学校の体育館程の大広間に合わない、一般家庭にある様な長方形のテーブルには二人の女性が座っていた。
1人はテーブルに突っ伏す少女。毛先に癖のある黒髪ポニーテール、緑色のパーカーにキュロットと言う出で立ちの快活な印象の少女だ。
もう一人はセーラー服の少女。濃紺のセーラー服に白いソックスだが、その顔は不可思議な文字がプリントされた包帯で上半分が見えない奇妙な出で立ちをしている。しかしながら、一番奇妙なのは彼女の仕草だった。
両手はテーブルの上に置いているのだが、何かを操作する様に手を忙しなく動かし続けている。
ポニーテールの少女はその動きを頭だけを動かして、オーケストラの指揮者みたいだなと漠然と考えた。
そんな彼女の仕草に気付いたのか、セーラー服の少女は手を止める。
「ごめんね。せっかく来てくれたのに、最近忙しくてさぁ」
「あーうん。私も最近忙しくて、死にそうだったから丁度いい。うん、少し放って下さい」
「オリ子ヤサグレてるねー、どったの? 友達として聞くよ?」
セーラー服の少女こと観星は再び手を動かしながら気の毒そうに口元を歪め聞く。
「えー、聞いてくれるの? とりあえずは私の名前をマトモに呼んで……」
「それはダメー。エネルギー水準が違いすぎるから、とんでもなく呪いめいた制約がかかるよ」
「いや、もうそれの方がマシ………」
本当に何があったかと観星は手を止めると、無言でテーブルの上に茶器一式を出現させ緑茶を淹れる。
「マリアさーん。この間、兄さんからもらった来栖屋の豆大福とお煎餅持ってきてー」
「はーい」
扉の向こうからの返事を聞くと、淹れた緑茶を最後の一滴まで出した観星は、そっと対面の彼女に湯呑みを押し出した。
「で?」
「でって言われてもねぇ。単に忙しいだけで……」
「忙しいって、そんなレベルじゃない疲れ方だけど?」
「実はさ、最近呼び出される事が多いのよ。前も言って……ないわね、まあ貴女が言った通り私の役割は救世主(神遊び唄 とばっちり参照)、私の持つ力の責任や性格上投げ出せないんだけど。正直、最近ウンザリしてきて」
「あー気持ちは分かるわ」
当事者でもないのに分かるとかないわー、と観星を睨むオリ子。
だが次の瞬間、観星が周囲に無数の画面が所狭しと出現する。
画面は様々で、銀河が映っているものもあれば巨大な樹や数式、スクロールするデータ群から早送りしている映像など。
「何コレ?」
「近隣世界の管理主神からの依頼されたバカみたいな数の因果律の調整や修正、イベント作製から低水準世界へのエネルギー供給プラン。協会からの依頼での廃棄世界のリサイクルプランetc.etc.」
あまりにも次元が違う内容にコメントすら出来ない彼女は、ゴメンと謝る。
「忙しいってのは私も分かるわよ? でも、今更じゃない?」
「そおなんだけどさー、何で私なのかなってね」
「何でって、仕方がないわよ。確か貴女、1276914世界でしょ?」
「でしょって言われても、無限とも有限とも言われる世界にナンバーふってるのなんて初めて聞いたんだから、分からないわよ」
「……それもそっか」
基準なんて規定委員会が決めたやつだからねー、とケラケラと笑う観星に彼女は半眼で抗議する。
「簡単に言えば20マイクロの壁よ」
「何それ?」
「私達、世界を管理する主神が定めた理ってヤツね」