行き着く先はみな同じ
「はぁ…」
サッカーコートと同じくらいの総ガラス造りの天井に、それに備え付けられた規格外とも言える巨大な時計。
その時計を動かすギミックの間からは晴天の青空が覗き、光り輝く太陽から燦々と光が照らされていた。
そんな光に溢れた大広間に響くのは、何かに悩み憂う吐息。
「あうううぅぅぅ~」
天井時計の中心、大広間の真ん中に備え付けられた純白のテーブルと、三脚の椅子の一つにその主がいた。
朱を基調にした和服、抜ける様な白い肌に艶やかな黒髪。
顔の上半分を神代文字をプリントした包帯で隠した女性、言わずと知れた『天の浮橋』の管理人・天中観星その人だった。
常日頃は同じ館に住む住人を振り回す程に元気なのだが、今回は些か赴きが違っていた。
テーブルに突っ伏し、周りの雰囲気を暗くする程の溜め息を形の良い桜色の唇から吐き出している。
「はあぁぁ……」
その姿に思うところがあったのか、隣の椅子でノートパソコンを開いて家計簿をつけながら唇に母性を湛えた褐色の肌の女性──マリアージュ・ブランケット──が観星に問いかけた。
「観星さんどうしたんですか?」
「何でもなあぁぃ…はあぁ………」
何でも無いと言う割にはその声はとてつもなく澱んでいた。
マリアージュはPCを閉じると、椅子を動かし身体ごと観星へと向き直った。
「観星さん? 本当にどうしたんですか?」
「何でも無いってーホントーに」
「そんなに溜息吐いてて、何でも無いって説得力無いですよ?」
突っ伏していた観星の首が、グルリとマリアージュの方を向いた。
包帯で隠れているであろう観星の瞳と、全てを受け止めるような瞳が合わさったような気がした、そんな中その場にいたもう一人の人間が声を発した。
「やめておけマリアージュ」
「はい?」
掛けられた言葉はとても同情した声、マリアージュは目を丸くして驚く。
声の主は観星を挟んで反対側に座る男、エルフェルト。
マリアージュの中でのエルフェルトのイメージは厳格さと獰猛さを併せ持つ彼が、優しく擁護すると言うのはどうも違う気がしたからだ。
「どうした?」
「いえ、エルフェルトさんにしては珍しいなあと」
「私にどんなイメージが持っているのかは知らないが、私だって気遣いはするさ。特にこんなに落ち込んでいる今回はぐらいはな」
読んでいる新聞を畳みながら『まあ、気にしすぎと言う所もあるが』と苦笑するエルフェルト。
「何かあったんですか?」
「何かあったというかな。昨日、恒例の来訪者があってな」
来訪者。
マリアージュがその単語の意味を知ったのは、この地『天の浮橋』に着てからだった。
香港の裏路地で観星の兄『天中砕破』に拾われた四年前、この場所に初めて来た時。
それは最初は幻想的な光景と思った。
ガラス張りの天井・巨大な時計・降り注ぐ月の光・アラバスターホワイトの床石。
悠然と目の前に立つ黒衣と色素の抜けた髪と肌を持つ砕破。
そして、床石から立ち昇り渦を巻く無数多色の光粒。
当時のマリアージュは反射的に戦闘態勢に入っていた。
裏社会・特に荒事に精通する者にとっては、世界の常識と照らし合わせて明らかにおかしい事は『能力者』の攻撃と言う公式を頭の中に組み上げている、それはマリアージュにとっては当たり前の事。
だが、そんな見構えを砕破は手を翳し押しとどめた。
理由は数瞬で理解できた、強く輝いた後に突然脈略も無く人間が現われ倒れこんだのである。
その後、説明された事柄はこうだった。
世界はあらゆる可能性によって無限に分離している事。
世界と世界は隣り合わせよりも近くであり、壁のようなモノがあって薄い場所と厚い場所がある事。
とんでもない確立でその世界の壁をすり抜ける人間が居たり、空間に影響を及ぼすほどのエネルギーにより簡単に穴が開いてしまい、色んな物が移動してしまう事。
『天の浮橋』は世界と世界を繋ぐ場所であり、色んな物が漂着する場所である事。
そんな場所に来る者は只者であるはずが無い。
「で、今回は何が来たんですか? 前回は異世界の勇者さん一行、前々回は黒いロボットの残骸、前々前回はたしか文字も読めない本の山でしたね?」
「そうだったな、しかし今回は飛びっきりだった。観星を此処まで落ち込ませる者だ、凄いぞ?」
ニヤリと笑うエルフェルトに思わず引き攣るマリアージュ。
少し退きながらも彼女は頭を傾げる。
「えと、何が来たんですか?」
「聞いて驚け、魔法少女だ」
「………………………………………………………………………………は?」
一瞬マリアージュの思考が止まる。
魔法少女。
その言葉をマリアージュは知らない訳ではない。
現に彼女は日本に、この地に来てから観星との話題を作るために文化を習った。
諜報活動として習ったことの一つ、相手との接点を作るを思い出しながら。
その中の一つ『ジャパニメーション』にそれはあった。
なんと言うか、愛と正義で夢で少女が変身と言うモノは世界の暗部で生きていたマリアージュにとって今一つ解り辛いものではあったが、知ってはいる。
だからこその言葉が出た。
「何で、そんなのが来るんですか。」
「私に言うな。そいつの話によると何かの事故に巻き込まれたらしいがな? なんと言うか今風の戦う魔法少女だった」
何で知っているのかとマリアージュは疑問だったが、溜息交じりで言うエルフェルトを見るかぎり聞いて欲しくはないのかもしれない。
硬派かつ武闘派で通るエルフェルトにとっては、こう『愛と正義と夢』な感じの魔法少女は色々と鬼門なのだろうから。
だが、それでは一つ疑問が残る。
マリアージュはチラリと観星を見た。
「それじゃあ何で観星さん落ち込んでるんですか?」
「その疑問は良く解る。観星は最初は一緒になって遊んでたからな」
「それじゃ原因は?」
「よく解らん。途中で観星の奴が何かに気付いたらしく、様子がおかしくなってな。その魔法少女を送り帰してからは本格的にこの状態だ」
一体なんだろうとマリアージュは頭を捻る。
が、同時にマリアージュはなんか嫌な予感がした。
こう知った途端に、知らないはずの不幸を知るような感覚、。
しかし、唯我独尊で我が道を行ってIQの高さを見せ付けるこの小娘主神が落ち込むような事は何だ? と彼女が気になる事も仕方が無い。
ほんの一瞬の葛藤をして、マリアージュは好奇心負けてしまった。
「…二人は何を?」
「観星が興味本位で色々聞いたりしてたな、魔法はどういうのかとか…ああ、確か変身して見せてとか…マリアージュお前もか!?」
ガンと音を立ててテーブルに突っ伏すマリアージュ。
気付いた。
いや、マリアージュは気付いてしまった。
(エルフェルトさんは能力者じゃないから気付か無いんだ…)
能力者の特徴に発動のタイムラグが無いや世界そのものに影響を与える等があるが、一つ弱点がある。
それが、持続性の無さ。
発動から顕現までは早いが、その効果が一瞬で持続時間はほぼ無いのだ。
攻撃系の能力を発動する分であれば問題は無い、それは一瞬で終わるし発生した下降線をたどるエネルギーで少しは維持できるというのが理由。
だが、時たまに持続力が居る場合がある、そう言う時はどうすれば良いのか。
能力者の力の源は脳にある、能力者の意思によって発動される特別なもの。
では、その力を有効活用するにはどうすれば良いのか。
それは自己暗示である。
自己暗示によって脳内分泌物を増やし脳内のインパルスを強め能力を持続させるのである。
(でも…)
マリアージュは理論は解ってるし、それをしなければ現象が上手く起き難いのも解っていた。
自分自身そうやって生きていたから、とてもとても身近で当たり前な事も解っている。
(でも…エフェクトが無いだけで、結局やってることは同じだって解ると…滅茶苦茶恥ずかしいいいぃぃぃぃ!!!!!)
なんて事は無い。
結局、自分達は魔法少女みたいな事やって来ていたそう自覚してしまった。
これまでは、比較対象もいずに同じ能力者仲間も同じようにやって来ていたのだ。
だが、此処に異世界の魔法使いと言うか魔法少女が来たその結果。
(観星さんは歳が子供に近い分ダメージが凄かったんですねえ)
そう同情するマリアージュも余りの恥ずかしさに顔が上げれない。
以前の自分もそうだと思い知らせれればそうなるのは当たり前だろう。
「…お前ら、一体どうしたんだ? 説明を求めたいんだが?」
「無理ー」
「無理ですね~」
暖かな太陽が差す大広間に三人、うち二人はとんでもない脱力感に襲われてテーブルに突っ伏している。
そんな光景を見ながらエルフェルトは『相変わらず平和だ』と溜息をついた。