フレイア人形
「何だこれは」
苦虫を数十匹噛み潰したような声色で呟く。
目の前の全裸の少女、いや全裸の人形。
何故人形かと解るかと言えば、肩・肘・手首・膝・足首の関節に目を凝らさないと解らないほどの、機械の様なわずかな切れ目があるのだ。
だが全てが機械のようではなく人間の様でもある、それは柔らかで瑞々しい肌であり、流れる艶のある金髪であり、血色の良い色であったり。
「ん? 『小人』の一族・グノーシスの神代中期作品。最終的にフレイヤが自分の持つ館セッスルームニルを守らせた偽りのフレイヤ」
「ん? 偽りのフレイア?」
観星は近くの木箱を開け、色々な物を取り出す。
綿に包まれた物を子供を扱う様に、彼女は一つづつ丁寧に並べて置いていく。
それは細かい意匠を施された金の首飾りで。
それは金糸で剣と槍を象った手袋で。
それは黒い猫を意味するルーン文字を刻んだブーツで。
一式を見て、頭の中で該当するものを探しあてて風文は顔色を変えた。
「ブッ、ブリーシンガメンにサンダージャベリン、フレイムソードに猫の戦車だと!?」
「はーい、正解。遥か昔、ヨーロッパの古き神代の時代、フレイヤがブリーシンガメンを貰う対価に小人に抱かれたのは知ってるよね? その時のフレイアの態度に癪に触った小人が、ブリーシンガメンに一つ細工して、後々この人形と今着させている装飾品を贈ったらしいのよ」
風文が驚くのは無理がなかった、彼の言った装備は全て遥か神代に実在した北欧神話の女神が所有していた物だからだ。
嬉々としながら人形に服を着せている彼女としては、人形遊びの延長線みたいで楽しくなっているのだろうが、話は止まらない。
話の内容はこうだった。
金の首飾りを得る為に身体を差し出した、そんなフレイヤに癇に障った小人の取った手段は嫌がらせだった。
フレイヤに似せた人形をフレイヤ自身に贈りつけたのだ。
何も穢されていない処女の人形を。
彼女自身に対し、何の穢れもない白い人形。
「また碌でもない嫌がらせだな。小人は女性に偏見でもあったのか?」
「私は知らないわよ、かなり昔の事なんだし。一応知ることはできるけど、知りたくもないわ。話は続くけど…」
当然、フレイヤは八つ裂きにして焼き尽くさんとばかりに怒り狂った。
それは自分の部下たるヴァルキリー達やセッスルームニルに住むエインヘリアル達に地の果てまでも探せと命じるほどに。
追跡者達は何日も何日も探した、しかし小人は地の底に隠れ住む一族の為に見つからない。
「諦めかけた時、フレイヤは自分のブリーシンガメンと自分の姿を模した人形が共鳴することに気付いたのよ」
「共鳴器か?」
「そう、人形の動力核とブリーシンガメンが共鳴して人形が動く仕組みになってたの」
「…性格が悪いにも程がある。フレイヤ怒りを通り越して、血圧上がりすぎでぶっ倒れたんじゃないか?」
「まあ話によれば怒り狂うの通り越したらしいわよ…酷い話よね。でも、そこはそれだったみたい。人形の性能が凄すぎて、休みたい時には身代わりとしてオーディーンの前に出してたらしいわよ?」
「この装備が、その理由か」
風文の目の前に何時の間にか服を着させられた人形が一体。
ノースリーブのワンピースに肘までの手袋、黒のブーツ・・・それが金髪に妙にミスマッチしている。
「そう、雷の槍を打ち出すサンダージャベリン。大地より炎を突き立てるフレレイムソード。無音かつ高速の機動力を誇る猫の戦車。」
「この一体で軍隊と戦えるんじゃないか? …たしかフレイアの兄がヴィクトリーソードも持っていたな…装備としてはあるんじゃないか?」
冗談交じりに言う風文に観星はニヤリと笑う。
「持ってるわよ? 正確には持っていたらしいんだけど今は見つかってない…っとこれで整備完了はい風文。」
何時も間にかに整備までしていた観星は風文に首飾りを渡す。
「何?」
「起動キー。最初に掛けてもらった人が主になるって話」
「ふむ」
風文は気にせず受けとったブリーシンガメンを、無造作に人形に掛けた。
それが致命的なものだったと知るまで後わずか。