ラビュリントス
迷宮。
それは古くから魔を内包するものと言われてきた。
魔を閉じ込めて災厄を閉じ込めるケルトの迷宮文様や、牛頭人身のミノタウロスを閉じ込めたクレタ島クノッソスの迷宮が良い例だろう。
また別の意味で、封じ込めると言う役割以外にも隠すという意味合いもある。
知られたくない物や隠したい財宝やらなんやら、そんな理由だ。
RPGゲームでよくあるアレだ。
そしてそれは、神の座『天の浮橋』の地下にもある。
「んで? 空間操作と言う力を使ったのはいいけど敷地面積64k㎡地下80階、アトランダムな迷宮自己形成システムまで搭載して…てーか何でこんなに広大な迷宮作ったんだ? 今日び頭が悪い魔王でも、こんなめんどくさく自分でも迷いそうな物を作らんぞ?」
呆れた目で風文が言うとおり、その目の前には広大な地下空間。
彼の前ではゆっくりと動く昔のゲームに出てくるようなレンガ造りの壁、モーゼ宜しく海が開けていく様。
「それはね…」
「それは?」
「ロマンよ!!!! …後、暇だったから」
エルフェルトも苦労してんなーと思いながら風文は、拳をあさっての方向に突き出す『妙なポーズ』をしている観星を他所に歩みを続けた。
「まあ、ロマンとか言う戯言は放っておいて。確かに迷宮は良い観点だ。此処にはそれほど危険なものを封じ込めているんだろう?」
「戯言って…真面目なのに」
「真面目に戯言を言うな、むしろ暇だったのが本音だっただろうが!! …それは兎も角、此処はこんなに危険なモノばかりで固めないといけないぐらい、重要なものばかりなのか?」
溜息交じりの風文が見つめたその先、周囲──道を開く壁や床に──には奇怪な文様が刻まれていた。
それは、この世界特有の技術体系『儀式』の一つ『文様儀式』、特殊な顔料や染料で空間やモノに影響を与える『意味ある図形』を描き世界自体に作用を及ぼす『儀式』だ。
「領域内を一瞬で腐食させる『腐食儀式』に、鋼のように頑健な身体をチョークより脆くする『崩壊儀式』…うぉ、特定の場所に飛ばす『転送儀式』まである!? 構成上から考えるにかなり長距離みたいだが、何処に飛ばすつもりだ?」
「太陽…って嘘よ嘘!! 風文あんたね、自分で振っておいてひかない!!」
冗談交じりの発言とそれに返した観星に、首を振りを警戒しながら珍しく顔を引き攣らせてひく風文。
自分が宇宙空間にいきなり放りだされたかのように、ハッキリ言って恐怖の表情だ。
「お前の冗談は洒落にならん!! お前の冗談のような都合で何回、異世界に飛ばされて命の危機にあったと思ってんだ…」
「えっと、八回?」
「十八回だ!! …いい、もういい。お前に言う事自体が何か間違いのような気がしてきた」
こめかみを押さえ黄昏つつ歩く風文、過去に彼に何があったかのかは…彼のみぞ知る。
そして、二人の足が止まる。
動く壁に誘導されること約二十分、たどり着いた袋小路の一角に現れた扉。
扉には一つの厳しい文字で『保管庫(分類北欧)』と書かれたプレート。
「ここか?」
「そう、風文はこの地の性質は知ってるわよね?」
「身を持ってな…あらゆる平行世界や異世界に繋がり、次元の旅人や漂流者やが流れ着く吹き溜まりのような場所と聞いてはいる」
鍵を虚空から作り出し、観星は扉を開ける。
途端、扉の向こうから流れ出るムッとした埃の匂い。
年代を感じさせる匂いでもあり人が滅多に踏み入らない証明。
風文はその匂いに満足そうに頷く。
観星がパチンと指を鳴らし、保管庫の中に光を灯す。
そこは広大な空間であり、様々な物が所狭しとひしめき合う倉庫。
その中の一つを取り出しながら風文は眺める。
「クヴァシルにブルトガング…北欧神話系の神器…なるほど、ヴィンテージ物の漂流物か?」
「まあ、それもあるんだけど。それだと、整備が問題でしょう? しかも、使い方が解らないし習熟まで時間がかかるモノばかり。風文は今使いたいし人材も求めてる…という訳でこれでーす!!」
行き着いた先は保管庫の一番奥、レンガの壁に立てかけられた布にかけられた何か。
それは緩やかなラインを持った人型のモノ。
「人形?」
「北欧神話に登場するロキが小人達を騙し作ったアーティファクトの中、唯一歴史に載らなかったモノの一つ」
剥ぎ取るように勢いよく布を取る観星。
そこから現れたのは、白磁の様でありながら柔らかさを持つ金糸のような髪を持つ『人間に良く似せられた』裸体の人形だった。