風神のご相談
「ブフッブハハハハ!! ウハハハハハ!!!」
世界の最果て体育館程に広い敷地の真ん中、アラバスタホワイトの床石に設置された六人がけの机と椅子の一つ。
その一つの上で、馬鹿笑いをする男が一人。
黒が少し入った金髪に碧い目、クリーム色の薄手のコートを羽織った二十歳前後の青年だった。
人を喰ったような『悪人顔』の表情を持つ青年、言わずとしれた三剣風文本人である。
彼は目の前にいる包帯で顔の半分を隠した高校生位の少女、天中観星にしきりに話し掛けていた。
彼女自身は、少しウンザリとした雰囲気を出していたが。
「で、俺は言ったわけだ。『天然と鈍感は罪だ』ってさ、これって馬鹿は罪だってのと通じるじゃないか? 前日に意味だけは伝えてたから、あいつはショックを受けたわけよ」
「それって周りの女性達も大変そうよね」
「いや、実際ヤキモキしてたみたいだ。 俺が言ったのに納得してたから。くくっ周りの反応と言われた事からやっと理解した奴の顔がときたら、鳩が豆鉄砲喰らったあの顔!! ブハハハハハ!!」
机をバンバンと叩きながら大笑いする風文に、観星は『楽しそうで何より』と呟き湯呑みの中のお茶と共に飲み込んだ。
この天の浮橋には役目がある。
正確には天の浮橋に住む『主神 天御中星』こと天中観星はだが、彼女の役目は大まかに分けて三つ。
一つは主神として世界を見守る事、神たる者は世界に干渉せずに総てに平等に接する。
ただ見守るだけの仕事。
二つ目は、神々を取り纏め世界を潤滑に運営させる事。
これは今は語ることは無い、後日語ることになるだろう。
そして三つ目、他世界のエネルギーバランスをとるバランサーとしての仕事だ。
一般に知られては居ないが、世界は無限に現れ無限に消えている。
大抵の世界は寿命で消えていっているが、観星達主神が危惧するのは因果律からの世界の崩壊だ………話が難しくなるので簡潔に言えば『生物を起因とするエントロピーの減少』を阻止する事にある。
やはり難しそうなので此処できろう、要するに風文を含む能力者達は観星により他世界へと使わされ、バランスをとっているという事だ。
「しかし休暇と称して色々な世界を回ったねぇ。どれくらいかかった?」
「大体10年ぐらいかな? 神域結界と励起法で身体の老化を止めてなければ今頃もう爺さんだ」
「他世界へと出張してるメンバーの中でも最多だもんねー」
「お前が言うなお前が」
世界を渡る越界は本来かなりの危険が付きまとう。
大まかのもので言えば、時間の壁や法則の壁がある。
例えばAの世界とBの世界とCの世界があるとする。
Aの世界では1分、Bの世界ではAの10倍の時間が流れCの世界では10分の1だとしよう。
此処で問題だ、Bの世界の人間がCの世界に行くとどうなるか?
正解は100倍の時間の流れが、その人間にかかる事となる。
これに対しては色々な条件が更にあるので、全てに適応されはしないし一般的ではないのでこういう物があるとだけ覚えてもらってていい。
そして法則の壁とは日ごろ漫画やアニメをよく見る方ならば、うっすら解って貰えるだろう。
Aという漫画のキャラクターがBの漫画に出たとしよう。
二つの漫画は違う世界、同じように扱えるだろうか?
確率としては五割は無理だ、扱えないのが普通なのだ。
しかし、この世界の能力者は例外中の例外『神域結界』がある。
『神域結界』とは能力者全てが持つ『能力が使える絶対領域』の総称で、その領域内では能力者は『絶対知覚』『能力に沿った絶対操作』『能力者に適合した空間形成』を得る事となる。
解りやすくいえば、能力者は『自分の都合のいい世界』を身に纏えるのだ。
「しかし、今回も大活躍ねえ。向こうじゃ英雄扱いされて去りづらかったんじゃない? 主に女性関係で」
「それもこれも俺の魅力が悪いのか…ふう」
「ワザとらしい、解ってて言ってるでしょう…なんかムカツクわ」
『神域結界』内では能力者は最強となる、神のように振舞えるのだ。
「さて、報告は以上だ。何かご質問でも?」
「特に無いわ。会った事をすべて話してとは言ったけど…なんか殆どどうでも良い話のような気がするー。むしろ無駄?」
「自分から事細かにと言っただろうが、世界単位の面倒事を軽々しく頼む奴は、少しぐらいこっちの苦労を知れ」
「いやそうだけどさー」
えへへと笑い誤魔化す観星に、風文は出来の悪い妹を見るような表情で溜息をついた。
「まったく…まあいい。話は変わるが、今回の報酬として一つ頼みたい事があるんだ」
「? 報酬? 珍しいわねいつもは戦うのみで何も文句言わないのに」
「そりゃそうさ。前みたいに戦うだけで解決する時期はもう過ぎたのさ、最近は状況が違うしな」
「サイファの方?」
「有り体に言えばそうだな、君の兄が立ち上げたサイファグループの運営は確かに上手く行っている。しかし、我々の目的を達成するためにはまだ手が足りないんだ」
今まで浮かべていた人の悪い笑みを収め、今までとは打って変わっての真面目な顔で風文は語りだす。
「トップの砕破をはじめ、情報収集の方は細目と言う日本の古くからの続く隠密の家から雇い入れた。開発や器械部門は重金や多々良がいる。問題は実働部隊の方だ」
「実働? 始動したばかりの『大隊』は?」
「第一隊から第四隊までの教練と編成は終わったが、少々手が足りん」
「手が足りないって。この間聞いたときは500人ぐらい居たんじゃないの?」
まあなと言いながら、風文は出された紅茶を飲み干す。
サイファグループ。
五年前ほど前から起業し、最近では短期間で上場した巨大企業。
工業や医療・広告代理店やシステムマネージメントなど多角経営が売りで、今日本において一番有名な企業である。
そのグループの立役者の一人が風文。
グループの闇を統べる、保安部門の長である。
「人員としては十分だが、俺自身の手が足りんのだ」
「風文自身の?」
「ああ、仲間や部下にも出来るが俺じゃなければ出来ない事だってある…もっと忠実に動く駒が欲しいそんな意味でもある。もしくはそれに代わる武器とかな?」
「人材かそれに代わる物って事ね」
フムフムと頷きながら観星は考える。
風文自身が一番解っているだろうが、彼は今とても忙しい。
部隊の編成・教練のみではなく、表側の役割であるサイファグループの一角である『サイファ総合警備』を経営しているのである。
手が足りないにも程がある。
「うーん…それじゃあ両方ってのはどうだろう?」
「はあ?」